金田一春彦(1955)によれば、述語の叙述形は、その種別により各時制形式で主に次のようなテンスを
担う。
現在形 (テイル形) 過去形
名詞的述語 (×)
形容詞的述語 現在・未来 (×) 過去
状態動詞の述語 ……(△)
動作・出来事の動詞の述語 未来 (現在) 過去
これをふまえて金田一は、上の表の「テイル形」の有無と性格によって、つぎのような4分類をした。
第1種 状態動詞:ある 要る 居る(テイル形をとらない)
第2種 継続動詞:わらう よむ うたう(テイル形が進行態を表す)
第3種 瞬間動詞:しぬ みつかる きえる(テイル形が既然態を表す)
第4種 :そびえている すぐれている(常時テイル形で現れる)
*『わざ』(アルク)に のっている「いきている」「しんでいる」の導入
進行 結果
自動詞 -- あいている
他動詞 あけている あけてある
* 自動詞は全部、「瞬間動詞」なのか?
* 他動詞は全部、「継続動詞」なのか?
* 「あく」と「あける」では、時間のながさが ちがうのか?
ふたつの ちがいは、なんなのか?
~テいる 途中/(主体の)結果状態の残存
~テある - /(対象の)結果状態の残存
★中立的な「~テいる・ある文」 ★松本清張
「~テある」が つかえる動詞とは?
のむ たべる けす 着る 愛する かなしむ……?
なぜ ふたつに分類しようとするのか?
ほんとうに区別できるのか? 「やま(を/に)のぼっている」
結果動詞 非結果動詞
継続動詞 着る かぶる [a] あそぶ ふる(降る)[b]
瞬間動詞 でる パンクする[c] 目撃する 失恋する [d]
上の表で、[b]は金田一の分類でいう「継続動詞」
[c]は「瞬間動詞」
[a]は「テイル形」が文脈により進行相も結果相も表しうる動詞
動詞をえだわかれ式に分類するのではなく交差分類するにあたっては、動詞の属性表示のために
+/-による素性表示が簡便である。油谷(1978)の整理にしたがい、以下のような方式をとることにする。
[a]=[-状態][-瞬間][+結果] [b]=[-状態][-瞬間][-結果]
[c]=[-状態][+瞬間][+結果] [d]=[-状態][+瞬間][-結果]
[d]に あたるのは、「テいる」形が進行相にも結果継続相にも
ならない動詞であるけれども、そんな動詞
が あるのだろうか。主体変化をひきおこさなければ、「テいる」は、むりやりにでも進行相として解釈される
傾向がある。(たとえば「この瞬間にボールをうっています」。)「失恋する」が[d]だとすれば、それは主体に
変化があっても、すぐにその状態がさらに別のものに変化してしまうために痕跡がみえず、そのうえ、それが
生起する瞬間もまた意識できないからではないか。
参考:「人生の節目を越えている」「難局をしのいでいる」
[a] 달다 매다 벗다 신다 쓰다 입다
つるす 結ぶ 脱ぐ 履く かぶる 着る
뜨다 마르다 변하다 솟다 차다
浮かぶ 乾く 変わる そびえる(湧き出る) 満ちあふれる
[b] 가다 걷다 기다리다 놀다 내리다 달리다 먹다
보다 오다 오르다 울다 웃다
行く 歩く 待つ 遊ぶ 降る 走る 食べる 見る 来る のぼる なく 笑う
읽다 추다
読む 踊る
[c] 가지다 (눈을)감다 맡다 의존하다
의지하다 잡다 지다 타다
持つ (目を)閉じる 引き受ける 依存する もたれる つかむ 背負う 乗る
남다 눕다 (안으로)들다 (액체가)배다
뻗다 붓다 붙다 비다 서다 숨다 앉다 죽다
残る 横になる (中へ)入る(液体が)染込む 伸びる 注ぐ 付く 空く 立つ 隠れる
座る 死ぬ
[d] 그치다 결혼하다 느끼다 다치다 닮다 미치다 반하다 보태다
식다 입학하다
やむ 結婚する 感じる けがをする 似ている 及ぶ ほれる 補う さめる 入学する
おどろくべきことに、韓国語の動詞では[d]に分類されるものが
とても おおいのである。しかし、
これは わたしたちの素朴な実感に反する。その理由は、アスペクト形式の
とりかたにある。
|
進行相 |
結果相 |
自動詞 |
-고 있다 |
-어 있다 |
他動詞 |
-고 있다 |
|
油谷は、これにしたがい、「-고 있다」か「-어
있다」の形式をとるかどうかという観点だけで分類した。
つまり、過去形「-었다」の形式が もっぱら「結果相」のアスペクトをになう動詞があることが考慮されて
いない。
生越(1997)によれば、
朝鮮語では、目の前の状況について、その状況が生じる際の経緯が把握でき、
その状況を変化語の状態と位置づけられたときには過去形が使える。その経緯が
把握できず、目の前の状況の位置づけがうまくできないとき、つまり、その状況を
もとにして一つのまとまった出来事を再構築できないときには結果状態形を使う。
上記のことは、基本的には日本語の過去形と結果状態形の関係についても
あてはまる。ただし、日本語では、経緯が把握できたとする基準、つまり、過去形の
使える基準がきびしい(直接知覚かそれに準ずる情報量を持っていなければなら
ない)ので、結果的に結果状態形の使用範囲が朝鮮語に比べて広くなっている。
このことを図示化して示すと、次のようになる。
朝鮮語 ∥ -어 있다 | -었- ∥
日本語 ∥ -テイル | -タ
∥
少 ← ………変化の経緯についての把握度………→ 多
生越(1997)があげた若干の例文と、より簡潔に要約された結語を示しておく。
1) 電車の中で、前の座席の人の財布が落ちたのを見てすぐ、落とした人に
a. 지갑이
{떨어졌는대요
/ ?떨어져 있는데요.}
b. 財布 {落ちましたよ
/ (?)落ちてますよ}。
2) 電車の中で、前の座席の人の持っている紙袋が破れ、中のものが今にも落ち
そうになっている。その人が気づいていないようなので、知らせてあげる。
a. 쇼핑백 {찢어졌는데요
/ ?찢어져 있는데요}.
b. 紙袋 { ?破れましたよ
/ 破れてますよ}。
3) 道に誰かの財布が落ちているのを見て
a. 뭔가
{ ?떨어졌다 / 떨어져
있다}.
b. なにか {
?落ちた
/ 落ちてる}。
朝鮮語と日本語の違いをより簡潔に言うならば、日本語は目の前の状況が
関わる出来事のすべてがわからないと過去形が使えない。一方、朝鮮語は目の
前の状況がある出来事の結果だということさえわかれば過去形が使える、となろう。
4)-A「いま映画館で上映している『JSA』を見ましたか?」
-B「はい、見ました。」
-C「いいえ、見ていません。」
5)-A「もう、昼ごはんを食べましたか?」
-B「はい、もう食べました。」
-C「いいえ、まだ食べていません。」
ここでのCの発言は、4), 5)ともに「~ませんでした」「~なかった」にすることができないが、韓国語であれば
「안 -었습니다」「안 -었다」の形式で言えるところであろう。5),
6)の会話全体が単純過去のテンスのもの
ではなく、現在のテンスにおける完了相(パーフェクト)のものであることは、
6)-A「何年か前にヒットしたときに映画館で『西便制』を見ましたか?」
-B「はい、見ました。」
-C「いいえ、そのときは見ませんでした。」
7)-A「きのう、プルコギを食べましたか?」
-B「はい、食べました。」
-C「いいえ、プルコギは食べませんでしたよ。」
と対比してみれば明らかであろう。つまり、日本語の「-た/だ」は、テンスとしての過去を表したり、現在に
おける完了相を表したりするが、現在における完了相を表すことができるのは、肯定形に限られている。
これは実用会話のなかでもしばしば問題にされる韓国語との違いである。
このことをふくめて、結果の残存を表す動詞の形式は、肯定・否定で次のような形式をとる。
A)もう、夕ご飯を食べましたか。--- はい、もう食べました。
---いいえ、まだ食べていません。
B)白い服を着ていますか。 --- はい、白い服を着ています。
---いいえ、白い服を着ていません。
C)この話を知っていますか。 --- はい、知っています。
---いいえ、知りません。
D)宿題はしてありますか。 --- はい、してあります。
---いいえ、してありません。
工藤真由美(1995)は、つぎのように かいているが、この一般的な傾向からだけでは、「結婚していますか」
の例を説明できない。
この質問をしているときに、「既婚である」ということが「結婚する」という〈動き〉の完成相であることはほと
んど意識されない。ただ、現在を貫いて継続している相手の状態を尋ねているだけである。そのことが、
完成相の形式の派生用法をきらい、継続相の形式の派生用法を選ばせているのではないか。同様な例に、
「立っていますか」というのがある。「立ちましたか」ときくのは、さらに時間をさかのぼって立つことが予定され
ていることが了解事項であった場合だけである。そこで
ここに、
という命題を加えることを提案する。
8) Aが、会って間もないB、Cに向かって
-A「あの、失礼ですが、結婚はされていますか?」
-B「ええ。わたしは結婚しています。」
-C「いいえ。結婚はしていません。」
9) Aが、学生時代の友人であるB、Cに久しぶりに再会して
-A「ひさしぶりですね。もう結婚しましたか?」
-B「ええ、3年前に結婚しました。」
-C「いや、わたしはまだ結婚していないんですよ。」
「知ります」も「気に入ります」も、動詞の表す〈動き〉の始まりが明確でない。いつ「知った」かわからない
ということがほとんどである。そういうことと関係があるのではないだろうか。スタートが常に否定形で、ゴール
だとわかったときにはすでに完成しているような〈動き〉が、まれに存在する。日本語はたまたま、そういう
動詞に特別の形を用意することができたということだろう。
「わかる」も不思議な ふるまいをする動詞である。「わかる」「わかった」「わかっている」の3つが、すべて
テンスとしては「現在」のうえに ならびうる。「しる/しっている」と「わかる」の区別、「しらない」と「わからない」
との区別など、従来の説明でも じゅうぶんに解明できていないと
おもわれることは おおい。
わかる ○--->>---● わからない ○-----> ○->>-----●
わかっている
|
☆0----⇒× しらない
|
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