記事タイトル:国語学と日本語学 


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お名前: 秋月 康夫    URL
 この問題が、見過ごせないと思った背景には、日本語教師として、
今まで、「国語学」と「日本語学」というふたつの概念のちがいに
ついていろいろと見聞きしてきたことがあるからです。

 もちろん、この二つが決定的に反目しあっているわけでもないし、
相互に影響を及ぼしたり、同じ学者が両方にかかわったりしている
と思います。しかし、戦後、おおくの大学で「国史科」が廃止され、
「日本史科」になったこと、小中高の学校でも「日本史」と呼ばれ
ていることと比較してみると、「国語学」が、長い間そのままの名
称で疑問ももたれずに存続してきたことに、何らかの反省があって
しかるべきだとも思うのです。

 「日本語学」の誕生は、日本語を第二、第三言語として学ぶ人た
ちが増えたこと、新しい言語学の発展により、それまでの歴史的な
方法を離れて、普遍文法の観点から日本語を記述してみようとする
試みが盛んになったこと、また、それらの副産物として、さまざま
な記述文法や語用研究、談話研究などがされるようになり、そうし
た試みに参加したり、間接的にその成果を利用する人たちが、日本
人に限られなくなってきたことなどによっています。

 ここで一番言いたいことは、「日本語学」の誕生によって、日本
語研究は従来と違った展開をみることができたということです。わ
たしの「授業日誌」でもときどき触れていますが、日本語を母語と
しないひとたちに日本語を教えるための日本語に関する知識の多く
は、「日本語学」によって得られています。そして、わたしが見る
限り、現在の日本語が国際的な場で理解され、国際的に開かれて発
信していくためには、日本人にとっても、外国人にとっても、非常
に多くのことを、この新しい学問は示唆していると言うことです。

 今や、国立国語研究所の所長も、「日本語」教育畑出身の教授が
席を占めています。大学でも、「国文科」を「日文科」に解消した
ところもあります。そういう事実の流れの中で、この、豊中の問題
も見ていきたいし、もっと立場のある人がこの問題で発言しないの
は、学者の怠慢だと思えてならないのです。
[1998年3月16日 11時35分1秒]

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