記事タイトル:文字おこしした資料 


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お名前: 秋月 康夫    URL

  ここに掲載した資料は、大阪府豊中市の「迷子の大人たちの会」の方から送って
 いただいた資料(この一つ前の投稿ページに写真を貼り付けてあります)から、
 文字の部分を書きおこしたものです。

  これをお読みになると、だいたいの事件の経緯が理解できると思います。

  なお、著作権の関係もあるので、新聞記事、雑誌投稿については、文字起こしは
 しませんでした。


とよなかTEN=NOネットワークつうしん

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 NO.25 98年2月

国語⇔日本語
騒動を考える

 「国語がない」とのセンセーショナルな産経新聞の報道(97年12月20日/P12)
に端を発した「教科名読み替え問題」から2か月、表立った動きは途絶え、何事もなかった
かのように”静かに”なった。「人権と国際化を掲げ、一人ひとりの違いを大切にすること
を謳う豊中市教育委員会は動揺することなく、教育現場での真摯なとりくみを擁護する立場
を貫くこと」との「教育委員会を考える会」の教育長あての申し入れ(12月24日付/P2)
に対して、「学校における教育課程は学習指導要領に基づき編成実施されるものであります。
従って、教育委員会としてはこの立場から学校に対し是正するよう指導したところです。」
とのわずか3行足らずの回答(1月12日付/P2)があった。さすがに”木で鼻をくくる”
を地でいく豊中市教育委員会の面目躍如といったところだ。この問題で何が問われ、何が残っ
たのか考えてみませんか?


豊中市教育委員会 教育長 栗原 有史  様 

「国語」を「日本語」と呼称していることについてのマスコミ報道に対する
対応についての申し入れ

                              1997年12月24日
                              教育委員会を考える会

  小学校で「国語」を「日本語」と呼称しているのは、学校教育法施行規則や教委に提出する授業カリキュラムでも認められておらず”問題だ”と、産経新聞および読売新聞が報じ、指摘を受けて市教委は、緊急に校長会議を招集して「対応策」を指示したと聞いています。
  市教委は、マスコミのセンセーショナルな報道に周章狼狽し、「国語」に戻すことで事態の沈静化を図ろうとしているようですが、むしろ毅然たる対応をすべきだと思います。一体、「国語」を「日本語」と呼んでいることでどんな「被害」や「問題」が現実に起きたのですか。
  実際、私たちのメンバーの一人は、「小学校6年間、『日本語』で授業を受けてきた中1の子どもはごく自然に受け止め、使い分けを強いられたとは感じていないし、私も子どもを人質にとられていたからとも思わなかった。むしろ、子どもたちのことを本当に真剣に考えてのことなのだなあと思っていた。何でこの時期にこんなことが問題になるのか、別の思惑があるような気がする」と言っているように、子どもも保護者も周知のことで、何らの不都合も生じていませんでした。
  中傷にも等しいマスコミ報道は、教育現場での混乱と学校不信を増幅させ、教育荒廃を進める役割しか果たさないし、その「被害者」こそ子どもたちであることを強く胸に刻むべきです。
  人権と国際化を掲げ、「一人ひとりの違いを大切にする」ことを誓う豊中市教育委員会は動揺することなく、教育現場での真摯なとりくみを擁護する立場を貫くよう申し入れます。
  なお、市教委の見解・対応を文書にて明らかにするよう求めます。

                        
平成10年(1996年)1月12日

教育委員会を考える会  殿

                       豊中市教育委員会
                          教育長  栗 原  有 史

 平成9年(1997年)12月24日付で提出された申し入れについて次のとおり回答します。
 学校における教育課程は学習指導要領に基づき編成実施されるものであります。従って、教育委員会としてはこの立場から学校に対し是正するよう指導したところです。            以上

”当事者”である子どもの思い

ムカツク!大人の言い訳   

  私が卒業した小学校は、1年生から6年生までずっと「日本語」で「国語」の授業をしてきましたが、なんの違和感も感じませんでした。
  ある日、新聞にこの問題がのり、『国語がない』とか『国語消滅』と書かれた。読んでみると、そこの学校の校長は「国語に戻したい」と言っていた。その次の日、私の卒業した学校のことが書かれ、校長はやっぱり「国語に 底したい」とおなじようなことを言っていた。私はその記事を見て、少し腹がたった。だって、今までに「日本語」で授業していたことは知っていたはずなのに、新聞に書かれたからって、いきなり「国語にしたい」みたいなことを言って・・・。
  「いくら外国人児童への配慮と言ったって・・・」と言ってる人もいるけど、別に授業の内容が変わるわけじゃないんだし、呼び方がちがうだけなんだから別にいいんじゃないの?と私は思う。大人はいつも世間から批判されると、思ってもないことを口に出す。自分がみんなとちがう立場になると、必ず言い訳をする。いつも「これからは・・・」というのが大人の言い訳だ。そうしないといけないこともあるとは思うけど、いちいちそんなことばっかりしたらきりがない。

指導課交渉メモ(2月5日/高橋指導課長と野田主幹と)

  • 12月19日(金)午後、蛍池小に産経新聞から「時間割に国語を日本語と書いてるのはどうしてか?」という問い合わせがあり、その後、指導課にも電話があり、「蛍池は国語は日本語だそうですね」というので、「教務課では国語になってる」と返した。
  • 校長に「外国人の子どもたちへの配慮からした」ことを聞き、「国語」に戻すように指導した。
  • 日本人にとっての「国語」は「日本語」かもしれないが、学校教育法施行規則で教科というのは「国語」であり、「国語」に改めるように言った。
  • 学校は3学期から「国語」に戻し、混乱なく落ち着いている。
  • 克明小の校長にも記者から問い合わせがあった。
  • 校長会議(22日)では、新聞報道された経緯を話し、それぞれの学校の教育課程を点検するように言った。
  • 「国語」で授業することが、外国人の子どもへの配慮を欠いたことにはならない。配慮というのは、教科名ではなく、生活のいろんな場面ですること。
  • 教科は全国統一、全国共通で、教育活動の柱になるもので、教科としてどう呼ぶのかは大きなことで、学校裁量、教師裁量で決めるものではない。
  • 法律で定められた教科を「日本語」と呼んで授業をするのは間違い。
  • 報道にある文部省の小学校課の担当者の見解は、法や学習指導要領とは違う。

  •   



      

    [1998年3月15日 11時43分21秒]

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