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Article #: 2981 (Res to #2966) Entry Date: 00/03/28 00:52:33
From: きんちょ
Subject: Re:「〜に〜ができる」について
Message:  構文論としては、「は」は、あらゆる格に ついて、文の「主題」にすることが可能なのですから、いったん、「は」の ない、もとになっている文を かんがえてから、その どこに「は」が ついたのか、と かんがえるのが常套手段ですよね。「〜は〜が できる」に ついては、ふたとおりの説明の可能性が あると おもいます。ひとつは、「(人)が(行為をあらわす名詞)が できる」の最初の「が」が「は」に なったと かんがえる。もう ひとつは「(人)に(行為をあらわす名詞)が できる」の「に」に「は」が ついて、「には」に なるべきところ「には」の かわりに簡略形の「は」に なった。後者の解釈なら「ちがい」は、「は」の ない無題の文と 「は」のある有題の文の ちがいだけということになるけど、前者の解釈だと、その ちがいに くわえて、「(人)が・・・できる」「(人)に・・・できる」の ちがいも ふくんでいることになります。さて、わたしは このケースでは前者の ほうが妥当のような気がしますけど わたし(が/に)この件について説明が できるのは、ここまでのようです。いまの「が」と「に」、どちらが妥当ですか? 研究する価値は あるけど、それほど「ちがい」をおしえることに こだわらなくても いいようにも おもいます。意味の ちがいというよりは、格助詞と動詞との物理的距離とか、語の性質(位相)とかの影響が おおきく選択に かかわっているようですよ。

# of Responses: 1

  1. "Re:Re:「〜に〜ができる」について" from もも (00/04/07 22:35:28) #3083

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