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| Article #: 2997 (Res to #2989) Entry Date: 00/03/29 01:34:47 | |
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きんちょ |
| | Re~4:〜ならと〜んだったらの違いについて その2 |
| | その1より つづく この文が不自然だとすれば、単に前 件のつけかたが意味上不条理に おもえるからでしょう。いままでも日 本で くらしてきた ひとが 「いる」という理由だけで 「真似」しな ければならないとしたらヘンです。≪日本にいたら かいものぐらいは 日本語でしなさい≫≪日本にいたら一度くらいは日本のファッション もためしてみなさい≫。わたしは ともに抵抗が ありません。どうも 「真似しなさい」という命令の意味内容じたいに無理な要求をしてい る きらいがあって、それに みあうだけの理由を前件に もとめようと するから、おかしいのであって、文法形式としては変なところは ない ように おもいます。ダメをおすと≪日本にいたら日本のファッション を真似するのが いいと おもいます≫に問題を感じる ひとは ほとん どいないと おもうのですが。 では「なら」との ちがいは なにかということですが、簡単 にいって「あなたの意志で そうする、そうあろうとする以上は」と いう意味が前件に ふくまれるということです。これは、「と・ば・た ら・なら」の説明としてはポピュラーなものですから、実証は省略し ます。Shujiさんが「話者の判断」というのは、きっと このことなの でしょう。さきほどの例についてだけいうと、日本にいるという「事 実」ではなく、日本にいる「意志」を問題にして「それだったら日本 のファッションを真似しろ」と いうほうが はなしが つながりやすい 文だけ、「日本にいるなら」が このまれるということでしょう。(わ たしは 日本が そんな 個性をゆるさない国であってほしくは ないの で、いずれにしても抵抗は あるのですけどね。) なお「なら」「のなら」「のだったら」は 複数の論考で「ほ ぼ おなじ」ものとして あつかわれています。しかし、その根拠をし めしたものや、類似しているなかでの ちがいにまで ふれたものを わ たしは しりません。ご存じのかたは、おしえてください。 |
| VALUE="Re: Re~4:〜ならと〜んだったらの違いについて その2" | |