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Article #: 3108 Entry Date: 00/04/09 22:19:33
From: きんちょ
Subject: 学日・知日・克日
Message:  表題のことばは、韓国で全国展開している有名な日本語学院(私設語学学校)が、何年かまえまで つかっていたキャッチフレーズです。みなさんは、これをみて、どう おもいますか? 「日本語を学習するのは、日本を克服するためだ」・・・。わたしは これを、韓国で日本語を勉強するということの正当性をしめすために何年かまえまでは、こういうリクツが必要だったのだろうと解釈しています。 韓国で日本語を教育したり、勉強したりするときには、けっして それが日本の国益に おもねって おこなわれることではないという あかしを たてて自分や他人を納得させなければならなかったのです。 最近でこそ、わざわざ こんなキャッチフレーズをかかげなくても、語学の勉強が精神まで汚染するようなものではないという了解が つくられつつあります。(日本をしることが、「汚染」ではないという了解までは まだ時間が かかるでしょう。)しかし、もし、そこへ のりこんでくる日本人教師が 日本の国益のために はたらくんだといい、韓国人の教師たちにまで、「きみたちも日本の国益に寄与してくれているんですね」などと臆面もなく いったら、どんなことになるでしょう。はなはだしい侮辱です。 いや、はっきり そのようにいえば そこから議論が うまれる余地も あるけど、いわないで(「いうと逆効果だから」などと かんがえて)おもっているだけだったら、もっと きみが わるいです。 どんな動機で教師をするのも本人の自由ですが、それに対して、どのように感じるかを表明するのも自由でしょう。以上は、わたしが どう感じるかの表明です。なにごとも強要するものでは ありません。そして、以下は、わたしの意見です。 「国益」と いってもいい。日本は 世界じゅうの ひとたちが日本と日本語をしることを「国益」だと かんがえる くにだと かんがえるのなら。しかし、それだったら、どうして「日本」の国益のために はたらくと いう まえに、  学習者のために、  ほかの ことばを はなすひとたちのために、  日本以外の くにの 利益も尊重するために、日本語教師をするのだと いわないのでしょうか。お客さんの利益になるかぎりにおいて、自分の利益も追求するというのが商人の倫理だと おもうのですが。教育なら なおさらです。

VALUE="Re: 学日・知日・克日"