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| Article #: 3127 (Res to #3120) Entry Date: 00/04/12 11:47:53 | |
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きんちょ |
| | Re:善悪の基準について |
| | 梅の茶さん。お返事をどうも。 やっと、梅の茶さんの哲学が かいまみえる ところまで かいてくださいました。なかなか理解が むずかしいところもあって、梅の茶さんの意図に そぐわぬレスになるかもしれませんが、ご容赦ください。 失礼とか、落胆させるとか いうことは ありませんが、どうも よく わからないのですよね。そこまで いいながら「国益」に なぜ こだわるのか。 わたしも「絶対的な善」を主張しているつもりは ないけれども、「利益」という基準をたてることに対しては「善悪」の基準も対置しておくべきだと いうくらいには おもっているのですよ。梅の茶さんが、> 必要なのは「善いことをしましょう」と主張することではなく、> お互いの利害の一致を数多く見つける努力です。相互依存を > 高めるのはその手段の一つでしょう(無論、これも万能薬では > ありませんが)。 と かいた程度には、わたしも、万能薬ではないけれども、善悪の基準も もっておかないと いけないと 感じています。絶対的な基準がないからこそです。 それから、ここにある「お互いの利害の一致を数多く見つける努力」ということは いい意味で現実的な姿勢だとおもいます。わたしも実践的には それが いいと おもいますよ。それを ことさらに「国益」と表現しようとするから おかしいのであって、くにと くにの利害も あるだろうし、学習者と教師の利害でもいい、学校経営と教育上の利害でもいい、そこで おりあいながら、一致できるものを みつけていくことが 大切なんであって、最初に「国益」と いってしまったら、そういう意味が つたわらないと おもうんです。それなのに、ずっと こだわっていると、やはり あえて この あやうい ことばをえらぶことに別の意図があるのかなと かんぐってみたくも なりますよねえ。 |
# of Responses: 2
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