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Article #: 3158 (Res to #3146) Entry Date: 00/04/15 16:15:47
From: きんちょ
Subject: Re:Re:Re:善悪の基準について
Message:  梅の茶さん、こんにちは。もうすこし対話をつづけてみましょう。 私には、ここまで言ったのになぜ「国益と言わないこと」にこ だわられるのかが分かりません。現在の・・・ そういう留保や条件つきで、「国益」という ことばを理解するひとは、そんなに いませんよ。いったん「国益」と いえば、各自が理解 する「国益」へと意味が ずれこんでいくことは 簡単に予想できるでしょう? あなたが「国益」に排他的な意味が すくないとおもっていても、排外主義がひろがれば、排他的な「国益」が「国益」と認知されるようになるのです。そのときになって、梅の茶さんは「国益」論を放棄するようには おもえないんですけど。それなら、この ことばにこだわらないでしょうから。 「国」にこだわるのは、日本ではそれにかぎって「悪」とされ る場合が多いからです。 こだわりかたが まちがっています。「国」のほうを よくしようとすべきでしょう。実際に とうの日本人すら日本が国家として世界に「善」といえる貢献をしているという実感をもてる国家の ふるまいがないのが実状だからです。あるのは、いまのままの「日本」を「善」と みとめろという倒錯したこえだけです。 それでは「公益」以外の「善」の基準を教えていただけませんか 自分の「善」を相手に押しつける覚悟はできていますか 「国益」をかたるひとのほうが 圧倒的に おしつけるがわに いると おもうんですけどね。「国益」を定義する権力は国家権力と かさなりあうのですから。(そうでなければ だれも「国益」とは よばないし、おもわない。)わたしが「悪」としかいいようのない「国益」をおしつけられるときに ささやかでも抵抗するための「善」を多少は もちあわせています。その抵抗のための覚悟なら、いくらかはありますよ。「善悪」の基準について ながながと かく余裕は ありません。ただ、他者のまえで自己の利益をおしとおそうとするのは善ではないといっておきます。そういうことは偽悪的にならないと できることではありません。

# of Responses: 1

  1. "Re:4善悪の基準について1" from 梅の茶 (00/04/16 22:43:09) #3178

VALUE="Re: Re:Re:Re:善悪の基準について"