|   |
このページは (月刊日本語 presents)に きんちょが投稿した記事のログを投稿者本人が保存したものです。 このサイトには きんちょの投稿しか おいてありません。 以下のリンク、および、ログのなかにあるリンクは もとの掲示板に つながっていますので、おまちがいのないように ご注意ねがいます。 |
| 記事検索|ツリー状に表示|タイトル&コメント一覧 | |
| Article #: 3160 (Res to #3152) Entry Date: 00/04/15 16:50:31 | |
| |
きんちょ |
| | Re:感想4(続) |
| | Shuji さんにも レスさせていただきます。戦後教育については、さまざまな みかたが あるでしょうが、 「食う」こと以外の価値観には目をそらせ、結果的には 「お金」への盲信を育てて来たと かんがえるのは一面的、あるいは平板的だと おもいます。 戦後まもなく、日本では ひろく「文化国家」という看板をかかげて国家建設をするという理念が うけいれられていた時期が ありました。「平和国家」という理念も ありました。いま、その内実について批判的に検討すれば いくらでも わるく いうことが できますが、ここで いいたいのは、その出発点が まともに尊重された政策が とられたことなど ほとんどないということです。「お金」の価値観は、戦後教育によって もたらされたのではなく、戦後の理念を忘却させる やくわりをもって それに いれかわったものだと いえるでしょう。そして、戦後の理念が完全に破壊された いま、「お金」の価値観も それをささえる現実が ゆらぎ、あやうくなってきて、もどるべき理念をなくしているというのが現状です。こういう ながれのなかで、まともに実現しようと してこなかった戦後の価値観ごと 国家をほこらしく かたれない心情までも否定することが、どのような反動をもたらすか、あえて説明しなくても わかるでしょう。そこには内実をもたない復古主義しか のこっていないのです。「どんな境遇に置かれている国や個人でも、肌の色や国力に関係なく、毅然としてその存在を示すことに共感する」わたしは、それだからこそ、その存在が なんであるかも わすれて、よるべのなさを ただ国家に自己を仮託することでしか解決できない日本人には、まったく共感できないのです。 |
| VALUE="Re: Re:感想4(続)" | |