|   |
このページは (月刊日本語 presents)に きんちょが投稿した記事のログを投稿者本人が保存したものです。 このサイトには きんちょの投稿しか おいてありません。 以下のリンク、および、ログのなかにあるリンクは もとの掲示板に つながっていますので、おまちがいのないように ご注意ねがいます。 |
| 記事検索|ツリー状に表示|タイトル&コメント一覧 | |
| Article #: 3281 (Res to #3279) Entry Date: 00/04/23 15:35:14 | |
| |
きんちょ |
| | Re:Re:Re:「行くところ」について・続 |
| | さきほどの#3325で、仁田義雄氏の説明を紹介しましたが、それでも、「行く」が<過程性>をもたず、「向かう」は<過程性>がある(ので、「行っている」は結果状態の持続で「向かっている」は動きの最中)という説明には にわかに納得できないひとも いるのではないでしょうか。この<過程性>の有無という説明にかえて、(内的)限界動詞−非(内的)限界動詞という区別をたてる説も あります。これによれば、「行く」は目的地がきまっていてこそ つかう動詞であり、そこまで行けばその動作じたいは おわってしまうという「限界」が あらかじめ設定されている<限界動詞>だが「歩く」や「向かう」は どこまで/いつまで いくという限界が指示されていなくても つかえる<非限界動詞>だということです。『アスペクト・テンス体系とテクスト』(ひつじ書房)で工藤真由美氏は、いわゆる状態性の動詞や情態の動詞を除外したうえで、「内的限界動詞」であり、かつ「主体変化」の動詞(か、「客体変化」の動詞の受動態)のときには「〜テいる」は一義的には<結果継続>となるとしています。かんがえてみれば、<限界>とはなんらかの<変化>として あらわれるのですから、この説明は仁田氏流にいえば「<主体変化>のときには<結果状態の持続>が優先する」ということに ほかならないでしょう。工藤氏は<限界動詞>と<非限界動詞>の2則面をもつものとして「すすむ・のぼる・ふえる」などをあげてもいて、例として「崖の上にのぼっている/崖をのぼっている」をしめしています。「行く」には前者に相当する語義しかないということでしょうか。 |
# of Responses: 1
| VALUE="Re: Re:Re:Re:「行くところ」について・続" | |