|   |
このページは (月刊日本語 presents)に きんちょが投稿した記事のログを投稿者本人が保存したものです。 このサイトには きんちょの投稿しか おいてありません。 以下のリンク、および、ログのなかにあるリンクは もとの掲示板に つながっていますので、おまちがいのないように ご注意ねがいます。 |
| 記事検索|ツリー状に表示|タイトル&コメント一覧 | |
| Article #: 3553 (Res to #3552) Entry Date: 00/05/10 01:33:04 | |
| |
きんちょ |
| | Re:「私に行かせてください。」 |
| | 一般的には「に」と「を」の両方が可能なばあいには、「に」のほうが「許可」の意味に つかわれることが おおいと いわれています。このケースは それで説明が つきますね。(「[人]に〜せ/させてください」の ときに「に」をつかうというのも これと つながっています。逆に、使役受け身文の 受け身になるまえの もとの使役文は 「を」が二重にならないかぎり「を」をつかった強制の使役文でなければいけません。)ちなみに「両方が可能な ばあい」というのは、もとの動詞が使役にする まえの かたちで「を」をとらない ばあいです。 さて、以上の説明は《日本語教師としての基礎知識》であり、 自動詞の「を使役文」と、他動詞の「に使役文」というのは 最初から 全部おしえてしまうと複雑になるので、まず「強制」の使役文だけを導入することにするときの《学習者に対する説明》として かんがえられているものですよね。しかし、実践会話では けっこう「許可」の使役が でてきたりするのですから、こういう部分適用しかできない説明を公式のように おしえてしまうことは弊害のほうが おおきいのではないかと わたしは おもっています。 《「〜がる」は三人称だけ》にしても そうだけど、文法を簡単に おしえるための便法でしかないものを教師までが信じてしまうとなってくると、現実に学習者に対する弊害だけじゃなくて教師に対しても弊害が おおきいというわけですよね。どうして こんなことに なってしまっているか、わたしは 多少、びっくりしているのですが・・・ |
# of Responses: 1
| VALUE="Re: Re:「私に行かせてください。」" | |