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Article #: 4282 (Res to #4275) Entry Date: 00/07/02 01:21:29
From: きんちょ
Subject: かきなおしました。(#4328と さしかえてください)
Message:  「からまれたくない」さんの ご忠告にもとづき、かきなおしました。#4328の投稿を撤回し、以下の文章に さしかえさせてください。 ******************************  chaboさん、はじめまして。プサンで おじさん学生兼日本語教師をしているものです。> 以前、「行かれる」というのは尊敬語との混同で日本人が> よくする間違いの一つだときいたことがあります と、いうことですが、その説は、暴論にちかいと おもいます。  いったい、「日本人が よくする」はなしかたを「まちがい」だ と いえる基準は、どこにあるのでしょうか? もし、あるとすれば「学校文法」のようなものかもしれませんが、実は、その「学校文法」こそが  「行かれる」は「行く+れる」で、「れる」は可能の  意味につかえる助動詞だと おしえているのです。そして「学校文法」では、現実には「行ける」が普通になったので、そういうものを「可能動詞」という、あたらしく生じた派生動詞として あつかうことにしています。 日本語教育で「可能形」という概念をつかうのは、このような「学校文法」の説明が複雑になっているので、それに対して、現実に一番よくつかうかたちをまとめなおしたことによるものです。つまり、「実際につかわれている語形を標準の語形として整理しなおして おしえよう」という かんがえかたに のっとっているのです。 ですから、うえの引用部分の発言は、「日本語話者のあいだでも よくつかわれているが まちがい」だと いっているところが、すでに日本語教育の発想とはズレているし、かりに伝統的な文法のタチバにたっても、「行かれる」のほうが「行ける」よりも正統だったわけですから、順序を逆にみているということになるでしょう。 日本には、日本語について なかば おもいつきで根拠のあやふやなことを自信たっぷりにのべる作家・評論家・学者が あとをたえません。そういうのに ふりまわされていると、検定試験のための勉強にも混乱をきたすのではないかと心配です。「可能形」なら「可能形」という概念をささえている基礎になる日本語教育文法のかんがえかたを理解して、それに即して用語を理解するようにすることが、合格へのちかみちではないかと おもいます。

# of Responses: 1

  1. "うちまちがえ" from きんちょ (00/07/02 01:26:45) #4283

VALUE="Re: かきなおしました。(#4328と さしかえてください)"