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このページは (月刊日本語 presents)に きんちょが投稿した記事のログを投稿者本人が保存したものです。 このサイトには きんちょの投稿しか おいてありません。 以下のリンク、および、ログのなかにあるリンクは もとの掲示板に つながっていますので、おまちがいのないように ご注意ねがいます。 |
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| Article #: 4332 (Res to #4330) Entry Date: 00/07/04 15:17:43 | |
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きんちょ |
| | すみません、#4391は撤回します |
| | すみません。さっきの#4391の「そういわれてみれば〜」以下は わたしの錯覚からきた妄言でした。つぎのように、かきなおします。さらにいうと、わたしは まえの投稿では、「〜と」と「〜たら」「〜ば」の選択じたいに「は」と「が」の選択と おなじようなちがいが あるのかと おもっていたのですが、そうではなくて、「〜と」は「は」「が」の選択の問題に まきこまれるが、「〜たら」「〜ば」は その問題のそとにあるというのが、ちがいの理由ではないかと かんがえなおしたことになります。******************************** そういわれてみれば、「どうすると テープが うごきますか」というのは、「どこに かばんが ありますか」という質問の不自然さと にているところがあるようです。「かばんは どこに ありますか」と きくのなら いいのですが、「どこに かばんが ありますか」は、「つくえのしたに かばんがあります」と おしえた直後に、教師が学生に むりやりそれを反復させようとしているような文です。あるいは、「かばんがあります」と だれかがいったときに、それを不審におもって ききかえすときにも つかうかもしれませんが、そういう状況や文脈がなければ不自然な文です。「テープは どうすると うごきますか」と きくほうが いいでしょう。こういうことは「〜たら」「〜ば」では、あまり問題に ならないと おもわれますから、「〜と」の(それだけでは後件を提題化できないという)特徴とみなければいけないでしょう。 そのことと、「ボタンをおすとテープが うごく」のように、テープが うごくのは、ある操作をすれば自動的・必然的に(それゆえ意志的でなく)そうなることが あらかじめ想定できるけれども、「金持ちになる」ことに対しては、そのような自動的にそうなれるような法則を想定しながらきくということは、あまり ないだろうというところからくる不自然さとは、別個の もののようです。「テープは どうすると うごきますか」は よくても、「お金持ちには どうすると なれますか」は、依然として しっくりこないからです。 |
# of Responses: 1
| VALUE="Re: すみません、#4391は撤回します" | |