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| Article #: 4423 (Res to #4416) Entry Date: 00/07/23 22:20:37 | |
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きんちょ |
| | Re:「情熱」と「熱情」 |
| | レスが ありませんね。わたしが 学習者に 突然 きかれたら……勇気をだして、「おなじです!」と こたえると おもいます。もちろん、まったく おなじってことは ないでしょうが、不必要に こまかい ちがいをおしえることは ないと おもいます。ちがいに こだわることよりも、「だいたい おなじことだ」と しることのほうが 大切な ばあいも おおいのではないでしょうか。これって、現役の教師の一部の かたがたに対しては かなり挑発的な いいかたになるということを意識せざるをえないのですが、たとえば「直接法」の技術というのは、ほんとうは微妙に ちがう文型を既習の いいかたに いいかえて導入すると いうような側面が ありますよね。そういうことをくりかえしているにもかかわらず、ネイティブでも すぐに こたえられないような類義語の微妙な ちがいに こだわるのは こっけいですらあります。gooのサイトで三省堂の大辞林をひくと、「情熱」の項目に「熱情」と かいてありました。なんでも「情熱」は北村透谷によるpassionの訳語なのだとか。それではと、英和辞典や和英辞典をひいても、両方が でてきたりして、おもしろいですね。ただ、熟語をつくるときには、むすびつきやすいほうが あるみたいです。「情熱家」「情熱をかたむける」なんかは「熱情」では いいにくいかもしれません。ちがいに こだわるのなら、そういうところに着目しては どうでしょうか。 > 「情熱」は「情」に、「熱情」は「熱」に重点がおかれて > いるのでしょうか? 漢語の語構成の一般則からすれば、その反対だと おもいます。 |
# of Responses: 1
| VALUE="Re: Re:「情熱」と「熱情」" | |