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| Article #: 4610 (Res to #4608) Entry Date: 00/08/18 22:16:34 | |
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きんちょ |
| | Re: ら抜き表現について |
| | 一般的にU動詞の可能形は{U→ERU}と活用させて つくることになっていますから、U動詞に{U→ARERU}とやって可能の意味で つかおうとするのは 「《AR》つけ表現」といえます。しかし、ふるくは{U→ARERU}が つかわれていたようで、いまでも「行かれる」「住まれる」などが可能の意味だったりします。歴史的には むしろ この「《AR》つき」変換から{AR}が ぬけて いまのU動詞の標準になったものですが、この{AR}ぬきをRU動詞や不規則動詞にまで ひろげて適用しようとして できたのが、いわゆる「《ら》ぬき表現」である「見れる」「来れる」などでしょう。 こうしてみると、「《ら》ぬき表現」は未来の さきどりであり、「《AR》つけ表現」は過去への回帰だといえます。どちらにも動詞の活用の法則を統一させようとする意識が はたらいていて、ネイティブのなかでも おこりうる現象だけど、ベクトルのつよさは「《ら》ぬき表現」のほうが圧倒しています。 要は、こういう予備知識のうえで、「《AR》つけ表現」をどう あつかうかという問題ですよね。 |
| VALUE="Re: Re: ら抜き表現について" | |