このページはにほんご喫茶室月刊日本語 presents)に きんちょが投稿した
記事のログを投稿者本人が保存したものです。
 このサイトには きんちょの投稿しか おいてありません。
以下のリンク、および、ログのなかにあるリンクは もとの掲示板に
つながっていますので、おまちがいのないように ご注意ねがいます。

  記事検索ツリー状に表示タイトル&コメント一覧

Article #: 5016 (Res to #5015) Entry Date: 00/09/09 13:12:08
From: きんちょ
Subject: Re: ことばの応答性 1
Message: そうですねぇ。gobyさんの紹介された はなしのなかでの「規範的」というのは、ことばに対する むきあいかたとしての「保守的な態度」と おきかえても いいように おもうんですが、厳密にいうと「規範的」というのは「規範が さきにあって、それに のっとって ことばづかいの『ただしさ』を判断する」という態度のことですから、革新的な言語政策をとる政権が成立して国語改革のようなことを はじめた ばあいには「規範的であるが保守的ではない」ということも おこりえます。たとえば カナ文字の おおい わたしの この文章の表記法は、正書法の規則には なんら違反していないという意味では「規範的」だと おもうんですが、旧かなづかい・旧漢字で表記するひとは、保守的ではあっても、すくなくとも現在の規範対しては反対していることになります。(もっと ふるい規範に対しては規範主義的であるつもりなのかもしれませんが。)
 文法についても、「規範文法」「記述文法」という分類が あります。前者は ことばを律していこうという目的意識をもって つくられた「文法」で、後者は 現実に つかわれている ことばを できるだけ ありのままに 観察して、そこから抽出できる構造を かきとめていこうとして できた「文法」です。この ふたつの「文法」に対する態度のうち、どちらのほうが「ことばを大切」に しているかは、みる ひとの価値観によるでしょう。なぜなら規範文法とても つくられたものに すぎませんから、それをもとに ことばを律しようとかんがえるのは ことばを人工的に改造しようと かんがえることと態度に おいては かわりありません。ただ、それが保守主義と むすびついたときにだけ、伝統をおもんじているように みえるというだけのことだからです。ここでは、「ことばを大切にする」ということの なかみが とわれているということに なります。

VALUE="Re: Re: ことばの応答性 1"