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| Article #: 5880 Entry Date: 00/10/28 12:34:52 | |
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きんちょ |
| | 「えらそうにしている」という批判について 3 |
| | わたしは、このまえ かきかたがわるくて失敗したのですが、「コミュニカティブな導入」などといわずに「たのしい導入」で いいんじゃないかと いいました。ひとつ弁明があります。「たのしい」というのは、教師が理論をふりかざして いう価値観ではありません。学習者が感じる人間的な価値です。その「人間的な価値」をたかいレベルの目標にかかげた「理論」こそが「コミュニカティブ・アプローチ」なのではないですか、と いいたかったのです。まっとうな「理論」は、「えらそう」な態度を批判して、「たのしい」活動を擁護するのです。
わたしが この掲示板で あやしげな論拠で いろいろな主張をふりまわすひとを批判すると、自分が「もっと えらい」と いいたげにしているのだと おもうひとが います。しかし知識も論理も、「えらくない」ひとたちが たたかうための武器なのです。「あなた何様?」と いうひとたちは、「えらくない」ひとが武器をもつのをおそれている「えらい」ひとたちの おべっかつかいでしょう。 だから、おもうのです。みなさん、「あんた何様のつもり」と もっと もっと いわれるくらい えらそうに議論しましょう。「こしをひくく かまえる」というのは、いつの よでも、おおきな あいてに かみつくときの姿勢なのですから。 |
# of Responses: 2
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