|   |
このページは (月刊日本語 presents)に きんちょが投稿した記事のログを投稿者本人が保存したものです。 このサイトには きんちょの投稿しか おいてありません。 以下のリンク、および、ログのなかにあるリンクは もとの掲示板に つながっていますので、おまちがいのないように ご注意ねがいます。 |
| 記事検索|ツリー状に表示|タイトル&コメント一覧 | |
| Article #: 6606 (Res to #6598) Entry Date: 01/01/01 15:57:18 | |
| |
きんちょ |
| | 「失礼さ」に対する感じ方の相違 |
| | 関連はしているのですが、ちょっと別のことを論じます。
#6604のように再考してみて あらためて おもったんですが、「〜じゃないですか↓」というのは、自分の意見をいう形式なんですね。で、この掲示板で わたし自身が何回か体験していることなんですが、他者に自分の主張をぶつけるときに、感情的な面で表現意図が そのまま つたわらないことが まま ありますが、それとの関係です。 わたしは、自分が しっていて、あいてが しらないかもしれないと おもうことをいうときには「〜ということです」とか「〜なんです」などを多用するのですが、これが どうも、「そんなことも しらないのか」と かいているように おもわれることが あるようです。(わたしは かえって未知かもしれないことを当然既知だろうと あつかうことのほうが失礼に おもう。)一方、「〜じゃないですか↓」をつかえば、「あなたも しっているか、かんがえれば わかることだと おもう(から同意してほしい)」というニュアンスを感じます。「〜じゃないですか↓」には、おなじ主張をするのでも「あいての認識の欠如や かんがえの いたらなさを指摘しない」という性質が あると おもうわけです。で、かんがえてみると、そんな かきかたで主張をする かたが ふえているようです。 もしかして、最近の傾向として、とにかく「あいての認識の欠如や かんがえの いたらなさを指摘する」ことをさけるというのがコミュニケーションの最優先事項になってして、それをおかすのは傲慢不遜失礼千万であり、「攻撃」であるとみなされるので、それをさけるためなら、ほんらい自分しか しらないことに対してでも「〜じゃないですか↓」をつかうのかな、などという気が してきたというわけです。 |
| VALUE="Re: 「失礼さ」に対する感じ方の相違" | |