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Article #: 6623 (Res to #6622) Entry Date: 01/01/08 08:54:23
From: きんちょ
Subject: 再度「寛容」について
Message:  ご忠告、ありがとうございます。

 いうまでもなく、ここは ことばと その教育について議論する ところですから、あるひとには みみざわりの わるい かんがえでも、自分が そう おもうことについては はっきりと いうことがあります。
 ただ、わたしが ことばたらずで誤解をまねいたと おもうことは、「社会的背景」について のべたつもりのことが、ひとりひとりの個人の人格を批判しているかのように とられてしまったということです。
 「議論ができなくなっている」という わたしの かんがえる「背景」は、かりに それが ただしかったとしても、なにも「〜じゃないですか↓」という ことばづかいの あたらしい用法 そのものから くるわけじゃありません。それが「背景」に あるということと、その ことばづかいをしているひとだけが「議論ができない」ということじゃ、ないんです。
 これは、わたしも ふくめて、みんなが、しんどい議論をしたがらなくなっている、あるいは、抽象的なレベルの議論が すぐさま人格攻撃になってしまったり、そう うけとられてしまうという、日本語をつかっている社会全体をおおっている傾向をいっているんです。そういう傾向のなかで、ある ひとたちは、ききてとの意見の対立を暗示せずに 自分の かんがえを必要最小限に のべる形式として「〜じゃありませんか↓」をつかっているのではないかと いうことなのです。
 今回の議論は、はからずも そのスタディーケースとなってしまいました。そして、わたし自身も この「背景」から のがれていないことを立証してしまったのかもしれません。ありがとうございました。

# of Responses: 1

  1. "訂正と補足(#6623)" from きんちょ (01/01/08 11:55:51) #6624

VALUE="Re: 再度「寛容」について"