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| Article #: 6698 (Res to #6696) Entry Date: 01/01/19 22:06:09 | |
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きんちょ |
| | Re: ’あとで’と’から’の違いについて |
| | 『PテからQ』と『PタあとでQ』をくらべると、
1.『PテからQ』には「〜しテ以来(ずっと)」という 用法がある。(Qに時間の幅があってもいい) これには[原因→結果]とも とらえられるような 文や、Pが[起点]の意味をふくむものが ある。 例:その ひとに [○あってから/×あったあとで] 人生が たのしくなった。 例:ははが [○しんでから/×しんだあとで]もう 三年に なります。 2.『PタあとでQ』ではPとQの関係に意図性がなく ても かまわない。 例:その日は、食事を[×してから/○したあとで] 駅の まえで ばったり太郎に であった。 というようなことを久野ワ氏が指摘しているようですが、 2.には反例が ありそうです。『PテからQ』のPが無生物主語だったりQが意志によるコントロールをうけない動詞をとったりすることもあるし、 例: かみなりが なってから あめが ふりだした。 例: 旅行の約束をしてから、そのひが 実は出張だと いうことをおもいだした。 意図性がないのに『PタあとでQ』のほうが つかえないということも あるようです。 例: あさに [○なってから/×なったあとで] だんだん あたたかくなってきた。 むしろ「意図性」という いいかたを「順序の意識」と いうように いいかえたほうが いいのかもしれません。 両者の ちがいを、PとQの「順序に意味がある/意味を もたせるもの」であるかPとQが「別々の事象」であり、 その「時間的前後関係のみをのべるもの」であるか、と いうところで みては どうでしょうか。 なお、「Pの成立後、どのくらいの時間をあらわし うるか」ということは一概に いえないと おもいます。 もし『PタあとでQ』のほうが ながいと おもわれたと しても、それは上記のように『PテからQ』のほうが 内容上の結束性をつよく要求することからくる結果と しての みかけの印象ではないだろうかと かんがえます。 |
# of Responses: 2
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