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Article #: 6735 (Res to #6715) Entry Date: 01/01/21 23:45:01
From: きんちょ
Subject: Re: 「てから」と「たあとで」の制限
Message: Oyanagiさんは、「順序性」というのを、「A→B/B→Aの両方が想定できる」というふうに とらえたようですね。わたしは「順序の意識」と かいたものの、それをどのように定義するべきか まよっていたので、参考になりました。
ただ、それだと、Oyanagiさんは#6714で

> 「日本に来てから、日本語を勉強した」が「来たあと
> で」と言えないのは、この文が(1)の用法になって
> いるからだと思われます。

と されたのだけれども、(2)に属して、「日本に来てから、日本語を勉強した」というのも順序性の解釈をうけるのではないか、と おもいました。つまり、これは かならずしも「起点」をあらわす用法だとは いいきれず、「順序」を あらわしているかもしれないということです。
じっさい、「日本語を勉強してから日本に来た」ひとと
「日本に来てから、日本語を勉強した」ひととが 区別
されるべき存在として いるんじゃないかと
おもうんです。

じゃあ、「日本に来たあとで、日本語を勉強した」が いいにくい理由は なんでしょう。「二つの出来事を一体性をもたせてその順序性を強調したい」からでしょうか。 しかし、「日本に来てから、日本語を勉強する」つもりで 「日本へ きた」[(2)の「順序」]のでもなく、「日本に きた」ことが きっかけとなって 以来、「日本語を勉強している」[(1)]というのでも なく、日本に きたこととは 別の理由で、その あと、すこし日本語を勉強した(けど、いまは していない)というのであれば、「来たあとで」も つかえないと いけませんね。
作例ですが、「日本へ来たあとで、3か月 日本語を勉強した」なら自然だと おもいます。

# of Responses: 1

  1. "改めて<起点/時点>になる用法を考えてみて" from Oyanagi (01/01/22 00:56:32) #6738

VALUE="Re: Re: 「てから」と「たあとで」の制限"