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Article #: 8148 (Res to #8146) / Entry Date: 02/02/20 09:15:33
From: きんちょ
Subject: Re: 「おはよう」までも・・・
Message:  ポン太さんの#8147「日本語史から考えると・・・ 」に かかれているようなこととも関係しますが、「おはようございます」が「形式化」してしまった時点で、「本来、『おはやい』に『ございます』が接続するときは『おはよう』となり、『です』が接続するときは『おはやい』となる」というような説明は おくれてだした証文のようになっているのだと おもいます。

 わたしは、まえの投稿の1項めで以上のことについて くぎをさしました。しかし、疑問をもつ学習者に対して それなりに満足させられるような回答ということをかんがえたときには、多少ふるい文法に のっとって この あいさつことばが形成された時点に さかのぼった説明をするのも いいかと おもい、2項め、3項めをかいたわけです。

 厳密な議論をしていくなら、「あいさつことば」として形式化された時点で「おはようございます」から「はやい」と「ございます」をとりだして その接続のしかたを活用規則にのっとって説明するということは、共時態の分析としては すじちがいになっているのでしょう。現に、「おはよう」という簡略体が つかわれるようになった時点で、「おはようございます」の「ございます」は単語性をうしなっていると みざるをえません。なぜなら「おおきゅうございます」ということを「おおきゅう」と いいきる つかいかたは ないだろうからです。(方言としては あるのかもしれません。)

 わたしは、「おはようです」という いいかたが現に ありうるということも かんがえました。ただ、それは「ございます」が「です」になったのではなく、「おはようございます」から「おはよう」という かたちが うまれ、「おはようさん」などという かたちも つかわれていく うちに、これが もともとは形容詞の特殊な活用形であったことが わすれられた結果、ひとつの句としての「おはよう」を名詞の資格で あつかう意識のうえにたって「です」が ついたのではないかと おもいます。
 たとえば「さようなら」に関して、

  「もう さようならの 時間です」→
  「さようならの あいさつ」→
  「そろそろ さようならです」

というような用法の発展があるのと おなじようなことなのではないでしょうか。

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