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Article #: 8510 (Res to #8508) / Entry Date: 02/07/07 00:25:24
From: きんちょ
Subject: Re: <前提>について
Message:  ミ アモールさん、こんにちは。

 意味の解釈について そんなに へだたりがあるわけじゃないと おもいます。その説明をどうするか、ということだと おもうんですよね。

> 話している人の心理がその前提になっているという
> ことは文全体を読めば分かってもらえると思ったの
> ですが。

現実とは ことなる《想定》が、行動の《前提》になっている、という意味ですね。でも、それでも やはり《前提》というのは誤解をまねくと おもいます。「旅行したつもりで貯金した」というときに、はたして「旅行した」という つもりに ならなければ貯金しなかっただろうかというと、かならずしも そうではないと おもいます。これは、

> 自分自身を納得させるため

ですよね。でも「自分自身を納得させる」ことが かならずしも《前提》でなくてもいいと おもいます。反対に「プールへ行く」ということが《前提》で、どうせ いくなら、「海へいった気分で あそぼう」と おもったのだとしても おかしくないからです。

ところで、

> 「進学のために貯金する」では、貯金する人の心理に
> ついて我々は想像の余地がない

でしょうか。想像する余地は いろいろ ありますよね。


 「〜タつもりで」が つかえる例と、つかいにくい例の ちがいは、想像する余地が あるかないかの ちがいではなく、はなしての心理が容易に共感できる範囲内で かたられているか、容易に共感できない内容のものとして かたられているかの ちがいではないでしょうか。

 しかし、「心理が具体的に理解できる」から ただしい文で、「理解の範囲をこえている」のは ただしくない文だ、というような説明では、学習者は納得しないと おもいます。「〜タつもりで」が どんなとき、どんな心理を想像させることができ、どんなとき、どんな心理は あらわすことがない、ということを説明する必要があると おもうんですよね。で、わたしは 「どんなとき」を「対価の共通性」「行動の共通性」という2種類の条件で説明したいと おもうわけです。もちろん、どちらの ばあいも「自分を納得させる」という要素は「どんな心理」かというときの重要なポイントだと おもいます。

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