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Article #: 8932 (Res to #8931) / Entry Date: 03/02/23 19:50:30
From: きんちょ
Subject: Re: 仮定条件における「と、ば、たら、なら」の使い分け
Message:  こんにちは。この問題は たくさんの議論が されていますし,実際 複雑な問題だと おもうので,以下に かくことは おおざっぱな はなしだと おもって よんでください。当然、いろいろな例外も あります。

 わたしは,

 「と」 →X
 「ば」 →Y
 「たら」→Z


というふうに ひとつひとつに対応する意味をかんがえるより,

    たら
    / \
  継起  仮定
   /    \
  と―反復−―ば


というように,3つの用法に ふたつずつ対応していて どの用法にも つかえないのが ひとつずつあるというようなモデルで かんがえたほうが いいのではないかと おもいます。

でも,どうしても一対一対応式に いえば,「たら」は反復をあらわさない,つまり一回的だというところで特徴づけられるし,「と」は仮定をあらわさない,つまり現実的だというところで特徴づけられるし,「ば」は継起をあらわさない,つまり共起的だと いうことになるのかな,などと おもいます。そうすると,

(4) 田中さんがきてくれないと困るなあ。

田中さんが現実に こなかったことが あったり,こない可能性が あるため,実際に こまるということが予想できる

(5) 田中さんがきてくれなければ困るなあ。

あたまのなかで,田中さんが くるばあいと,こないばあいを想像して くらべたうえでの判断

(6) 田中さんがきてくれなかったら困るなあ。

一般論ではなく,ある ばめんで田中さんが こないときには困ることになるということをいっている

 これをもうすこし具体的に いいなおすと,実感を背景にいうときには(4),想像しながら いうときには(5),時と場面が限定されているときには(6)が つかいやすいのかなと おもいます。

 なお,「なら」に関しては ひとの行動ではなく思考や発言をとりあげて仮定するという特徴があるので,別に かんがえることができると おもいます。

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