発言者: きんちょ
発言日: 01/03/27(Tue) 19:28
ひとひとつの要素をみていくと、まず
「目を閉じるのを…する」
という能動態の構文じたいが へんですね。
つぎに、
「色々なために」
も、ダメでしょう。これは、「ため=目的」と
おぼえていることから くるミスではないかと
おもいます。
そこで、
「目を閉じるのを…する」を「目を閉じる行動を…する」
「色々なために」を「色々な目的で」
と なおすと、つぎの文が えられます。
「(社内で)目を閉じる行動は、色々な目的でされます。」
これでも不自然だとすれば、これは「〜する」が うけみに
なるときの問題点かもしれません。
一般に
「勉強がされます」とか「休憩がされます」とか
「スポーツがされます」「読書がされます」
など、「〜(を)する」を 直接うけみに すると おかしく
きこえるものは たくさんあります。しかし、うえの文が
「まちがって」は いないことは、
「(社内で)目を閉じる行動は、色々な目的でされることが
確認できました。」
という文が ごく ふつうに うけとれることからも あきらか
でしょう。
では、うえの文が不自然に おもえる理由はというと、
いくつか かんがえられます。ひとつは、抽象的で ながい主部や
修飾節の あとに、述部が「されます」しか ないというのが
抵抗を感じるもとなのではないでしょうか。そのくらいなら、
能動態で「行動を」と「する」が となりあわせになるように
表現すれば いいのです。
「社員たちは色々な目的で社内で目を閉じる行動をします。」
しかし、能動/受動ということが ほんとうの理由では なさ
そうだということは、この能動態の文も、
「社内で目を閉じる行動は社員たちが色々な目的でします。」
だと おちつかないということから わかります。つまり、能動態で
あっても、「社内で目を閉じる行動」までを「は」でうけて「主題」
にしてしまうと、述部が かるくなりすぎると いうことでしょう。
無題の文や、「社員たちは」「会社では」などの主題を設定した
通常の文に くらべて、これだけ特殊な主題をすえる必然性が ないと
いうことが、不自然さをかもしだしていると かんがえられそうです。
もう ひとつの理由は、「色々な目的」という部分が、ひとりひと
りの社員の意志を感じさせるので、「社員」のほうを主語にして
能動態で表現しないことの不自然さも あるでしょう。これが過去に
なったり反復をあらわす「〜テいる」をつけたりすると、
「(社内で)目を閉じる行動は、色々な目的でされました。」
「(社内で)目を閉じる行動は、色々な目的でされています。」
「(社内で)目を閉じる行動は、色々な目的でされていました。」
のように[事実の観察]という無意志表現に解釈できるので、うまく
つりあうようです。わたしの かんがえでは、こちらのほうが
本質的に重要な理由なのではないかと おもいます。これは、
むずかしく いうと、「テンス・アスペクトと 動作の複数性との
関連」の問題なのではないかと おもわれます。
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