発言者: きんちょ
発言日: 01/06/24(Sun) 20:33
Oyanagiさん、お返事 ありがとうございます。
やはり『度数余剰文』とは ちがうのでしょうかねえ。わたしも、まえの投稿で かいたように、『度数余剰文』でのスキャニング仮説などが まったく適用できそうにないことから、これは ちがうものなんだろうかとも おもいました。でも、その一方で、『度数余剰文』に対して感じる「不合理さ」と、「不合理だ」と おもいながらも つかってみると けっこう自然に おもえる感覚は共通のものが あるんですね。だから、なんとか おなじ方法で解決できないかと おもったんですが、もし、それが できないとなると、わたしの モヤモヤは そのまま のこったままに なってしまいます。
Oyanagiさんの指摘には、納得させられるところと ちょっと語感が一致しないところが あるんですが、そのまえに、わたしが おもっていたことと議論が すれちがっているように おもいます。ですから、この投稿では、失礼ですがOyanagiさんの指摘には ふれずに、わたしが「ヘンだ」と おもっていることだけをかかせてもらいます。かってな おねがいですが、それをみたうえで、あらためてコメントしていただけると うれしいです。
「田舎には また 都会とはちがう よさが ある」
という文なのですが、これを単純な方法で構文分析すると、
[[田舎には] [[また] [[[[都会とはちがう][よさ]][が]] [ある]]]]
と なるのではないかと おもいます。(「が」の あつかいかたに ついては、深部まで「よさ」に つけるべきだという文節主義の たちばもあるかもしれませんが、いまの議論には関係ありません。)
これだと、「また」は、「(〜よさが) ある」に かかって いけますが、これが
「田舎には 都会とは また ちがう よさが ある」
では、どうなるでしょうか。どう 操作してみても、
[[田舎には] [[[[[都会とは] [また ちがう]] [よさ]][が]] [ある]]]
と せざるをえないのではないかと おもいます。
つまり、Oyanagiさんは、
---->>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
★さらに、「XはYと同様に◯◯がある」ということで「また」が挿入されている、とみるのがいいのではと思います。挿入される位置は述部であればどこでも可能だと思うのですが、「Xは”同様に”Yと◯◯がある」というのが不自然なように、「また」も「Yと」の後に位置するのが自然ではないのだろうかと思います。
<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<----
と かかれましたが、「挿入される位置は述部であればどこでも可能だ」というのは、リクツとしては おかしいのではないかと わたしは おもうのです。ちなみに、「〜と同様に」は、まえにある「Y」に つきますが、「また」は うしろにある用言を修飾する“はず”だと おもうので、やはり ヘンだと いうことになります。
この おちつかなさを解決できる説明があれば、『度数余剰文』で あるか ないかには そんなに こだわる必要は ないのですが、どう おもわれますか?
akizuki.pr.co.kr/
▼関連発言
│
└◆603:田舎には都会とはまた違う良さがある。の“また”っ.. りゅう 01/06/21(Thu)
├◆604:Re:“また”ってなんですか? Oyanagi 01/06/22(Fri)
└◆610:「また」の認知、「ちがう」の認知 きんちょ 01/06/22(Fri)
└◆612:「また」は「また」でも・・・ Oyanagi 01/06/22(Fri)
└◆613:Re: 「また」は「また」でも・・・ きんちょ 01/06/22(Fri)
└◆626:やっぱり「また」は「また」でも・・・ Oyanagi 01/06/24(Sun)
└◆628:Re: やっぱり「また」は「また」でも・・.. きんちょ 01/06/24(Sun)
└◆630:「また」と「違う」の修飾関係 Oyanagi 01/06/25(Mon)
└◆631:「また」と「違う」の挿入 Oyanagi 01/06/25(Mon)
└◆638:Re: 「また」と「違う」の挿入 きんちょ 01/06/25(Mon)
└◆640:議論の発展のために Oyanagi 01/06/25(Mon)
└◆645:Re: 議論の発展のために きんちょ 01/06/25(Mon) ←last