「ところだ」という形式にはいくつかの種類がある。このうち「場所」という本来の意味ではなく、形式名詞化した「ところ」に「だ」がついて一体となり、文末助動詞的に使われるものがある。こうした「ところだ」には、動きの「局面」を表すものと「父がそのことを知ったら激怒するところだ」のような「反事実」の用法がある(1)。このうち動きの「局面」を表す「ところだ」に関しては、従来、「ばかりだ」との違い(2)であるとか、「反事実」の用法との関連(3)などが論じられてきた。また、おおくの教科書や日本語教育の指導書に、「ところだ」は「今から出かけるところだ。/今食事をしているところだ。/今帰ったところだ。」のように使われ、それぞれできごとの[直前/最中/直後]を示すと説明されている(4)。しかし、ここでは、見過ごされている次のような事実がある。
学生たちが教師の話をしているところにその教師が入ってきたという場面で、
1)ちょうど先生の話をしていたところです。
と、いうことができる。ここでは、「しているところです」よりも「していたところです」が自然に感じられると言う人が多いだろう。この例に限らず、「思う」「言おうとする」「感じる」などの述語動詞に「ところだ」がつく用例を調べれば、「テいたところだ」という形態をとっていることが非常に多い。それはどうしてなのだろうか。また、それらはどのような意味を表しているのだろうか。
「テいたところだ」という形で動きの「局面」を表している文例を集めると、それらが現在と切り離された過去の状態について言っているのではなく、発話基準時である現在の状態についての言及であることがわかる。 1)もそうである。それは、この文において、仮に、教師が入ってきたのが、ある過去の一点であるなら、
2)(きのう、教室に入っていらしたとき)実は、ちょうど先生の話を
していたところでした。
というように、「ところでした」としなければならないということからもわかる。また、このことから 1) 2)に共通な「話をしていた」という部分にあるタ形は、絶対的テンスには関わっていないということにもなる。つまり、これらの文の「テいた」は「直前/最中/直後」というような範列におかれるべきある段階を示しているものと推測される。だとすれば、それはどのような「段階」なのだろうか。一方、
3)ちょうど先生の話をしているところでした。
という言い方もある。これは 1)と混同されることが多い(5)が、それはなぜなのだろうか。また、 1)との違いはどこにあるのだろうか。
本稿で論じるのは、動きの局面を表す「ところだ」に「テいた」が前接した形式に関する以上のような問題についてである。論述の方法としては、まず「テいたところだ」と「テいた」の異同を調べることから「テいたところだ」における「ところだ」の機能を明らかにする。つぎに、「テいたところだ」と「テいるところだ」の異同を調べることから「テいたところだ」における「テいた」の持つアスペクトの性格を明らかにする。ここまでは文例の分析をもとに帰納的な考察をおこなうが、最終章では、そこから得られた結論に従い「テいたところだ」において「ところだ」に前接している「タ」と「テいるところだった」において「ところだ」に後接している「タ」の違いについて仮説を立て、両者の相違点を演繹する方法をとることにする。「テいたところだ」と「テいるところだった」との異同は、用例からこの仮説を検証することで示したい。「テいたところだ」と「テいるところだった」の相違点についてのみ、まず異同を調べることをせずにこのような方法をとるのは、両者が構造の面からは全く異なっているにもかかわらず、現実の使用場面が重なっており意味の違いを客観的に把握することが困難であるからである。
以上の立論の過程で「途切れ相」「叙想的アスペクト」という概念を新たに提出することとなった。これらの概念については「テいたところだ」の分析にのみ適合すればよいというものではなく、アスペクト表現の一種として他の事例についてもあてはまる一般性を持っているうえに文法研究において新たな視角を与えられるものでなければ、その場限りでの説明であると言われてしまうであろう。これらの概念の普遍性については関連するいくつかの現象を示すことによって有効性を主張したつもりであるが、詳細に至っては本稿の論題をはずれることでもあるので簡潔に論じるにとどめた。
なお、本稿の論題は「「テいたところ」の文法的性格をめぐって」とした。「テいたところだ」とせずに「テいたところ」としたのは、本稿における分析が「ところ」に前接する「テいた」の性格規定を基礎にしているため、その結論の有効性は「テいたところだった」となった場合や「〜テいたところ、…」「テいたところを」などの形式に対しても及ぶものであると考えているからである。このことについては、V.で改めて説明したい。また、「ル」「タ」「テ」は動詞の「原形」「タ形」「テ形」を意味する。実際には「る」以外の音節、「だ」「で」が末尾に現れうるのでカタカナ表記とした。
【注】
(1) 寺村(1978a,1978b)による。U.1.を参照。
(5) たとえば朴素暎(1999)は両者を個別に分析しているが、結論としては全く同じ分析結果を与えている。