つぶやき会議室

つぶやきなのに、会議室です。会議室ですが、つぶやきます。

1998/07/27(00:47) from 164.124.67.135
作成者 : きんちょ (AKIZUKI@chollian.net) アクセス回数 : 27 , 行数 : 183
Re:かながきの「強制」について/そのほか
菅野彰彦 wrote:
> > 「ある特定の他人」って、だれのことでしょう。そんな「特定の他人」は
> >いませんが。
>
>  あ、失礼、国家に対しても強制しないということですね。了解しました。
>  「ミンシューが、コッカにカンジをつかわせないようにするキョーセーであ
> るべきだと とらえています」とあったので、そういうおつもりなのかと思っ
> ていましたので、少し安心しました。お考えが変わったのですね。
>  なんて言うとでも思っているのでしょうか。国家に強制した場合は、国民は
> 国家の書いたかな表記の文章を読むことを強制されるわけなんですが、やはり、
>「それは、国家がすることだ」と口を拭ってしまうのでしょうか。

 はじめから、そうかけばいいのに。「ある特定の他人」なんていうから、
だれのことかとおもいましたよ。

 「国家に強制した場合は、国民は国家の書いたかな表記の文章を読むことを
 強制される」

というのは、そのとおりです。それにしても、当然、理解しているとおもって
いました。これを「ある特定の他人」というのは、無理があるなあ。

 ま、それはおくとして、そのときには、いまも、漢字かなまじりの文章をよ
むことを強制されているというのと おなじ意味で、かな表記の文章をよむこ
とを強制されることになります。個人がかくことまでは強制されませんけど、
役所にだす書類を部分的に「かながきにしてください」と いわれるようにな
ることもかんがえられるでしょうね。みんなが かながきに なれたころには。
わたし自身は これは、強制すべきことでないとおもいますけど。

 それに、こういうことは、段階的にやっていかないと うまくいかないので、
段階ごとのプロセスで、抵抗がおおきければ、どこかでストップすることもや
むをえないとも おもっています。わたしは、全面かながきにまで すすむこ
とも可能だとおもっていますが、漢字をすこしずつへらしていって、あるとこ
ろで均衡がとれるという可能性もありますよね。あるいは、ルビをうつという
ような、併用策がとられる余地もあるし。

 一方、学校でおぼえされなければならない漢字は へらしていくことができ
ます。漢字の負担を軽減して、別の活動にまわすことができるようになると
おもいます。

 ところで、菅野彰彦さんが「他人に対して用字を強制するということですよ
ね」と、最初におっしゃったとき、わたしは これを、「他人がかくばあいに」
と、うけとったのですけど、そうではなかったのですね。「自分がかな書きす
るのは誰に制限されるものでもないと思いますので、議論するまでもなく好き
にすればいいのですが」なんて そのまえに かいていたから、もっぱら 自
分がかくときのことをいっているのだと おもっていました。

>  「取り締ま」るだろうなどと書きましたっけ(笑)?
>  と、こんな書き方では、あなたの真似になってしまいますね。国なり公共団
> 体にかな表記を強制することが、仮に実現したとしたら、総かな書きの文章を
> 読まされることになるわけですが、まぁ、現実性はないですね。現実性はない
> ですが、実現しようとしているのなら、やめていただきたいですね。

 ご意見はうけたまわりますが、わたしの意見がかわったわけでは
ないので、やめる気はありません。
 
 多数がそれがいいとおもって かえていこうとすることを めざ
すのが、わるいことのわけもないし、やめる理由がありません。で
も、多数の支持がないのに独裁的な権力がそういうことをするのに
は反対です。 


>  「漢字を使う人を取り締まるようになる」なんて、面白いことを考え付くん
> ですね。それだと、まるでレイ・ブラッドベリの「華氏四五一度」ですね。僕
> は、そこまで考えてはいないのに、「取り締ま」るという発想が突飛で面白い。
> 或いは、単に発想が貧困なだけなのかも知れないのですが。

 いや、菅野さんの発想も貧困でなくてよかった。そこまでかんが
えていなかったのは、けっこうなことです。わたしも かんがえて
いないということを わかってくだされば満足です。

>  改めて書きますが、言い換え可能な言葉をそのままにしているのは、何か意
> 図があってのことでしょうか。僕には理解できないのですが、漢字を制限する
> ためにも有効なことなのでしょうか。

 いいかえる必要を あまり感じないからです。

>  ですから、あなたが、漢字語と言われてるものを廃止しようなど言っている
> などと書きましたっけ? 本来の目的は何なのですか。漢字を使わないために
> かな書きするという方法も一つでしょうが、言い換え可能な言葉なら言い換え
> することで解消できる問題でもあるのではないですか。

 いいかえないと 解消できない問題ってなんですか?

>  なんだか、僕が「あなたは漢字語を廃止しようとしている」とでも言ったか
> のように決め付けられるのも不愉快ですね。

 いや、どうして いいかえなければならないのか、見当がつかないから、
もしかして誤解しているのかなと おもったんです。決めつけてなんか
いませんよ。

>  漢字語を言い換えるという選択肢も当然あって然るべきだと思いますが、そ
> うは思われないのでしょうか。あくまでかな書きですか?

 必要があれば、いいかえますが。

>  簡単に言って、読解の速度ですね。
>  読めない人に読める人が付き合う必要はないんですよ。程度問題ですが。脚
> の不自由な人に付き合って健常者が車椅子の生活をする必要はないですよね。
> 読めない人に対して、救済措置は必要でしょうが、漢字を使わないというのは、
> すべきではありません。

 わたしは、なれれば速度についてもそんなに差がないと おもってるん
ですが、重要な論点なので、今後、そういう研究もしてみたいと おもい
ます。


>  どうして、こう話を拡散させたいのでしょうか。国家に対する強制による、
> 国民に対する強制についてお話しているのかと思っていましたが。

 そうでしたか。わたしが最初に「マニアック」うんぬんとかいたときは、
そういう文脈だったんですけどね。


>  難読文字に対する批判は少ないと言いますが、難読文字を使うように国家に
> 対して強制しようとしている人たちでもいるというのでしょうか。寡聞にして
> 知りませんでした。

 ここで くらべているのは、難読文字を使うように国家に強制することと 
漢字をつかわないように国家に強制することじゃないでしょう。

 かながきが よみにくいか、漢字かなまじりが よみにくいかですよね。

>  気持ち悪いですね。
>  かな書きを批判したわけではありませんよ。

 じゃ、最初の菅野さんの投稿は、なんだったのですか?

 わたしは、「ははは…」のような例をだすのだったら、わかちがきとか、
引用符とか、菅野さんもごぞんじだといわれた かながきの際の当然の規
則を適用してから だしてほしかったので、反論をかいたのです。


> 少なくとも、「母」などは小学
> 校で習っている漢字ですよね。「少ない」にしろ「使う」にしろ、かな表記に
> こだわる意義があるのか疑問に思うんですよね。「とでもかけば、いいではな
> いか……」とまでして「母はハハハ、……」までかな表記する必要ってあるん
> でしょうか。ないですよね。

 「母」がよめないひとも いるわけで、それは こどもとか、外国人とか、
在日一世とか、なんらかの事情で漢字をおぼえられなかったひとたちです。で、
そのひとたちにも よんでもらおうとするのなら、かながきのほうが いい
だろうというのが、わたしの いいたいことです。

 すくなくとも、漢字だけよめて、かながきでは よめないという ひとは、
かんがえにくいわけですから。

>  少なくするとは、漢字の種類を減らすということでしょうか。使用頻度を減
> らすということでしょうか。

 両方です。それから、よみかたの種類をすくなくすというのも。

>  ということは、乱造は杞憂だということですね。
 
 どうして「杞憂」をいだかれたのかわかりませんが、そうおもいます。

>  「変える」「替える」「代える」「換える」などは、言い換えも難しいかも
> 知れないですね。こういうのは漢字で書いてもいいのではないででしょうか?
> 駄目ですかね(笑)?

 わたしは、これらを かきわける必要はないとおもいます。
 
>  ああ、なるほど、間接的ですからね。国家が強制されて書いている文章を読
> まされるようになるんですよね。漢字の使用を控えるとか、難読文字を使わず
> に言い換えるのはいいことだと思いますが、それを強制すべきとは思わないと
> いうだけです。
>  まぁ、ルビなら我慢できる範囲内ですね。
>
>  他人事ながら気になったのですが、「使う」とか「少ない」にもルビを振る
> んですか?

 ええ。
 従来の漢字かなまじり版と かなだけ版を併記するとか、かなに漢字のルビを
ふるとか、いろいろな やりかたがあってもいいとおもいますけど、漢字がよめ
なくても苦労しない社会になればいいなと、おもっているわけです。 

 「よめないひとのために多数が不便を感じる必要はない」という意見はあるで
しょうね。でも、みんなが よめることを期待されるような場面では、よめない
ひとが すこしでもすくなくなる表記のシステムを採用すべきだと わたしは
おもいます。いま現在のふつうのひとの感覚でも、漢字をつかわなくてもそんな
に不便じゃない かきことばは、さがせばけっこうあるとおもうし、そういうも
のが かながきがあたりまえになれば、かながきシステム全体への抵抗感もうす
れていくんじゃないかと おもっています。

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