きんちょ (AKIZUKI@chollian.net) 1998/02/28 Sat 08:48:10 (TO #13) RE^4:どうして「主人」「家内」なのか
岩瀬さん、生々しいお話、ありがとうございます。
> また、意味を考えて使うようになってから、「夫」という言葉を
> 使わない方がいい場面も多々あることに気づきました。
ということですが、「意味を考えて使うようになってから」という
ところに興味を覚えました。たぶん「圧迫」を加えている側は言葉の
「意味」には無自覚に「ことばづかいがへん」とか、「なんか生意気」
とか、思っているだけで、ところがそれが、いったん自覚した人には
「圧迫」であるということでしょうか。いわゆる差別用語にもこれと
似たところがあって、言っているほうは差別に無自覚だったりします
よね。(特定のことばを使わなくて差別されることと、使って差別し
ていることの違いはありますが、本質的に同じことでしょう。)
わたしは学生のころは社会科学の側から言語学について知ったので、
ついつい、こんなことを考えてしまうんですが、ラングに対してパロ
ールであるとか、コンピテンスに対してパフォーマンスであるとか、
そういう面を強調した教授法理論がはやっていますけど、もし、「パ
ロールの復権」というようなことを本気で言うのなら、ことばを社会
的な規範としてだけとらえるのではなくて、話す主体の営為がことば
を再生産していること、話者の選択とか、責任とか、話者によること
ばの変革とか、そういうことにまで話がいかなければならないと感じ
ています。
おおぜいの外国人が日本語を話すことじたいが、日本語の成立基盤
を変えてしまっているのですから、それに対応するということだけを
考えても、「無難だからこう教えておこう」だけではすまない問題が
あるように思います。
# 韓国語でも似たような問題があって、わたしはこのホームページ
でも、「授業日記」の欄に「ウリ」ということばについて書いたこ
とがあります。あるいは、韓国人が日本語を話すとき、「北朝鮮」
とか「日本海」とか「竹島」をどう言うのかということに関するジ
レンマとしても、この問題は現れてきています。
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