すぐるさん、こんにちわ。
「三段論法」の件について、おこたえします。
まず、悪質な業者がいることをしっていた軍が、それをつかって「慰安婦」
の募集をして、被害者がでたのなら、これは、軍の責任をみとめていること
に ならないのかという質問に、つぎのように こたえていただきました。
いいえ、違いますよ。・・[中略]・・この世で犯罪が起きるのは警察
と犯人が共犯だからとお考えですか?・・[中略]・・近代諸国にお
いて、いつ・どこにおいても犯罪が起きる可能性があるというのは
誰もが「知っている」ことですよ。だからこそ取り締まりが存在する
のです。
すぐるさんは、「悪質な業者がいることをしっている」ということの意味を
「犯
罪がおきる可能性があるということをしっている」という意味になぞらえ てい
ます。そして、犯罪の可能性がたかいところでは とりしまりをするように、軍
は悪質な業者がいそうなところでは とりしまりをしていたと、いいた いようで
す。
しかし、一般に、捜査対象となっている会社と警察が契約関係にあるという
のが尋常でないように、一方で業者をつかって じぶんたちがつかう慰安所
をつくらせたり、そこに「慰安婦」をつれてこさせたりする関係をもちながら、
その相手をとりしまるというのは、普通にかんがえれば おかしなことでしょ
う。
また、それをおくとしても、それだけの関係をもち、犯罪にかかわる被害者が
めのまえにいる状態なのに、有効にとりしまれていなかったとすれば、 そこに
は責任問題がでてくるのではないでしょうか。
もちろん、警察に物品を納入する業者の不正が たまたま発覚した場合に、
それを警 察がとりしまるというようなことは、ありうることだし、それで警察が非
難されること もないでしょう。しかし、頻繁に人権侵害をくりかえす、暴力団の
ダミー会社で、しば しば捜査対象にもなるような会社と、警察が取引関係を
もちつづけていても警察の責任 はとわれないということに なるでしょうか。あ
るいは、警察がいくつかの業者から購 入する物件が、盗品である可能性のた
かい種類のものであり現に盗品をうる業者がみつ かっているのに、自分のと
ころに納入してきている業者や納入された物品を検査せず、 その結果、警察
も盗品を購入しつづけていたということになれば、どうでしょうか。それでも、「
警察はとりしまっていた」といえるのでしょうか。
あるいは、こんな例でもいいかもしれません。保健所のたてものに食堂があ
って、そ こで、食中毒がでたとする。そうしたらどうするでしょうか。わたしなら、
まず、食堂 を営業停止にします。そんなとき、もし、保健所が「わるいのは食
堂ではなくて細菌の ついた食材を納入した業者だから、食堂にも保健所にも
責任はない。保健所としては、 食材を納入している業者は とりしまっていて、
告発された業者との契約は うちきっ ている」と説明しながら、一方では食堂
の営業をそのままつづけ、そのほかの食材の再 検査もしなかったとしたら、
世間が納得するでしょうか。
ここで かんがえなければならない根本的な問題は、悪質な業者の犯罪は、
このばあ い、軍との関係が成立することによって、重大な人権侵害をもたらし
ているということ です。軍と関係のないところで 業者が犯罪をおかしている
のではなく、業者の「強制 連行」という犯罪は、被害者が慰安所にいれられる
ことによって、重大な人権侵害をも たらすのであって、「強制連行」じたいが
もちろん犯罪だとはいえ、軍が、つれてこら れた女性たちを「慰安婦」にせず、
帰宅させさえすれば、被害はとても軽微なものにお さえられたはずなのです。
すぐるさんが みおとしているのは、軍隊は犯罪をとりしまるとともに、被害を
生じさせないように 良民をまもるべき たちばでもあったということです。そも
そも犯罪をとりしまる目的は、良民の平穏な生活をまもることにあり、らち・誘拐
のような重大 な事態がめのまえで生じているときには、被害の拡大をくいとめ
ることこそ、優先させ なければなりません。すぐるさんや、小林よしのり氏が、
「軍は業者をとりしまってい た」というのは、めのまえでまさに暴漢にさされそ
うになっている被害者を放置して ほかの殺人事件の捜査にでかけていたと
いうにも ひとしいものです。意志に反してつ れていかれた被害者に対して、
こんなことは、なんの いいわけにも なりえないことは、明白でしょう。
軍隊は、なにをすべきであったか。こういうケースでは、まず、被害をふせぐ
ことが たいせつで、被害をふせぐためには、問題の発生しかねない「慰安婦」
の徴集をいった ん中止するというのが ごく普通のとりうる手段でしょう。つぎ
に、いままで あつめ られた「慰安婦」についても、「強制連行」がなかったか
審査をつくすことが、とりしまりをするためにも不可欠だとおもわれます。
わたしは、本人の意思で「慰安婦」になったケースでも、慰安所のなかでの
人権侵害 の程度はかわらなかったと かんがえていながらも、ここでは、徴集
業者の犯罪とのか らみが問題なので、「強制連行」の被害者にかぎって論じ
ているのですが、軍も「強制 連行」によってつれてこられた女性が「慰安婦」
になれば、そこに重大な問題がうまれ るということを しっていたのです。そう
であるからこそ、業者を「とりしまる」たちばに いたはずです。そして、すぐる
さんのいうように、いくつかは、とりしまったかもしれません。しかし、「慰安婦」
を 業者にあつめさせることは、やめませんでした。徹底して とりしまるため
には、女性たちを ひとりひとり審査して、慰安所でなにをするのか説明し、
その意志を確認し、前借金に関係なく「醜業」は拒否できることをおしえ、拒
否するひとは、慰安所につれていくまえに かえす、ということを してこそ、
被害をふせげたわけだし、まず、それをすることが、「強制連行」をしている
業者の実態をつかみ、それをとりしまるという観点からかんがえても 当然の
てつづきだということは、 だれでもが わかる道理ではないでしょうか。
わたしが、「しっていて現に被害者がいたら、これは、軍の責任だ」と かい
たのは、 そういうことです。軍は、もし やるきになれば、強制連行の被害者
が拡散しないようにすることができました。終戦までのあいだ、たえず被害者
があらたにうまれていたのは、それなのに被害をふせぐ手段をとっていなかっ
た結果だし、そのことは、ちゃんと とりしまるための有効な手段をとっていな
かったということにも つながるのです。 しかも、これは、単なる「怠慢」ではあ
りません。なぜなら、軍じたいが、外務省がきめていたような、渡航する女性
ひとりひとりへの審査をないがしろにするように圧力を かけていたとしか お
もえないからです。(これについては、162番の投稿を参照してください)
ですから、いってみれば、めのまえで犯罪がおきていても ほんのすこしだ
け つかまえて 大部分はみのがしてしまい、みのがした ものには、逆に便
宜をはかる、と いうことを くりかえしていたわけです。これを 問題ないとい
えるひとは ほとんど いないでしょう。
と かいたのは、こういう前提のもとでのことです。
被害者として証言をしているひとたちは、ほとんど、「慰安婦になったのは、
自分の意志でではなかった」と いっているし、「慰安婦としてはたらきたい」と
意志表示して 慰安所にいったという例は ないのですから、そういう 基本的
な部分で うそをついていたら、証言全体がつくりものだということになるでしょ
う。そういう可能性について論じるのは自由ですが、そうとでも いわないかぎ
り、軍はその責任をのがれられないと いうことは はっきりさせておかなければ
なりません。
これは、100人のひとが、「Aは有罪だ」といえば、Aは有罪になるというような
ことでは ありませんよ。軍が、強制連行をするような業者の存在をしるようにな
って以降、自分の意志に反して軍の慰安所の「慰安婦」にさせられた 被害者
が ひとりでも いたとすれば、それひとに対して、軍は 強制連行に加担した
と いわなければならないと いうことです。強制連行がおこりうる蓋然性がある
ことを しりながら、それをふせぐための とることのできる手段をとらずに めの
まえで放置し、被害者を救出しなかったということによって、強制連行が あと
もどりのできない段階にはいる(つまりは、犯罪の完遂)、最後の段階をもたら
す役割を直接はたしたからです。その時点で、どの女性が強制連行されてきた
のか特定できていなかったとしても、その蓋然性をしりながら 慰安所にいれて
しまったということは、未必の故意にあたるとおもえます。そして、ひとりでも被
害者がいるのだとすれば、その被害がもたらされたプロセスの 最後の部分に、
このような かたちでの軍の(ひとことでいえば、かのじょを みすてるという)関
与があったと かんがえるしかないのです。
すぐるさんは、わたしのうえの部分の記述だけをぬきだして、なにか、証言が
されれば なざしされたひとが すべて有罪になるのだと わたしが主張してい
るように えがいていますが、はなしの 前提をきりはなしたうえでの 歪曲に
もとづく 批判です。
すでに、「強制連行」という犯罪が おこなわれており、その犯人と 被害者
の双方と接点を確実にもっており、被害防止の能力と とりしまりの権限をもっ
ていた軍であったということを前提にして、
「それでも 被害が でつづけたのなら、軍も加担していたからだ」と いって
いるのに、
などというのは、全然 関係ないことについて論じているとしか、いいようがあり
ません。いいでしょう。うえのことは全部みとめるとして、「裏付ける証拠があっ
て初めて軍は強制連行(つまりは犯罪)に加担したと断じる事ができる」と いう
ときの「証拠」は、かのじょたちが 自分の意志に反して軍隊の慰安所に いれ
られたということへの証拠だけで 十分なのであって、なにも、軍隊のだれだれ
が、なんという業者と、どのようにつながっていたか、などということまで証明す
る必要はないということです。そして、軍隊が慰安所にいれる時点で本人の意
思確認をかならずしていれば、その記録がのこっているはずで、それを提出で
きるはずの 被告たる日本政府が いままでの裁判でも いちども そのような
資料をだしたことがないということだけでも、うえにのべた「未必の故意」が あ
ったことは うごかしがたいところです。個々の原告の証言が事実であるかどう
かには、それでもまだ、議論の余地があるにせよ、これだけでも、かのじょたち
が主張している「軍隊の加担した強制連行」が存在しえたことは、このことだけ
からも、すでに うらづけられています。
もし「私は秋月康夫の被害者だ」と100人名乗り出て
きたらあなたはそれに対して証拠 を求めないのですか?しかも「このひと
たちが『全員、狂言師でないかぎり』、秋月康夫 は犯罪をやっていた事に
なる」なんて恐ろしい論法がまかり通ったらこの世は被害者天国 でしょ。
もし、わたしが その「被害」が発生したばにいたことが 確実であるという前
提でなら、「証言」じたいが証拠として採用されるのは いたしかたないでしょう
ね。さらに、わたしが この100人と 接点があることが 立証されていれば、
わたしの たちばは ますますくるしくなります。そこまで 「証拠」が そろって
いても、なおかつ わたしが無実であるのだとしたら、わたしは、 この100人
が 狂言を はたらいているということを立証するために 全力をあげますよ。
> スグルさんは、一般のレイプ被害者でも、なのりでて証
>言したひとだけが被害者で、あとは、ほんとうは自分から
>さそったりしていたから なのりでないのだと、かんがえ
>ますか?
う〜む、その論法は実に大衆受けしやすく分かり易いですね。秋月さん、
そうヒステリッ クにならず、冷静になって下さい。慰安婦問題を議論する
中で1番やってはいけないのは 「こんなにかわいそうな女性がいるじゃ
ないか!」という風な論調で相手の意見を責め立てて、情緒的に封じよ
うとする事です。・・[中略]・・以上の事柄から秋月さんの論に疑問を呈
したのです。まさかそこ から非道人間の決め付けされるとは思いもより
ませんでした(笑)。
なにを論じてもかまいませんが、すぐるさんの推論についていけなかったから、
その根拠をさぐるために質問したことだというのは、理解されているでしょう?
だったら、「ヒステリック」だとか、「大衆受け」しやすいとか、「情緒的に封じよう
としている」などとは、かかないことです。わたしが、どこに、すぐるさんが、非道
人間だなどと、かきましたか? まさか、そんなふうには かんがえないだろうに、
どうして あんな計算ができるのかとおもって きいたのではないですか。
「非道人間のきめつけをしている」と、わたしを情緒的にせめたてるような 議
論のやりくちは、大衆うけするかどうかは わかりませんが、わたしにはヒステリ
ックにうつるし、なによりも 心外です。
>一般的にいって、証言のおおくが「強制連行」をうらづけ
>ているとき、それを否定するには、「慰安所であることを
>しりつつ自発的にいった」という証言をとるべきでしょう。
それは「裏付け」とは言いません。それは単に元慰安婦と称する人達が
「私は強制連行さ れました」と「証言」しているだけにすぎません。あくま
で「裏付け」には証言に一致す る証拠が必要なのです。そもそも順序が
逆ですよ。まず犯罪者扱いした側(告発側)に立証責任があるのです。
あなたがた告発側が証言内容を証明する裏付けを取り、そこから僕ら反
対論者の反論が始まるのであって「証言だけ」なら何とでも言えます。
裁判技術として、そういうことはいえますが、自分の説として、強制連行が何
パーセントとか 論じようとするのなら、こういうてつづきが 必要だろうといって
いるのです。
また、裁判技術として一般論をいえば、被害をうけた当事者の立証責任とい
うのは、真実を証言すること以外にはありません。
一般の犯罪なら、嫌疑の段階で捜査がされますよね。嫌疑に相当の理由が
あれば、家宅捜索などもされ、証拠があつめられ、容疑者は逮捕されて、とり
しらべをうけます。そして、告発がわの証言は、反証をへたうえで証拠としてあ
つかわれます。反証がなく、うたがうにたる合理的理由がなければ、そのまま
採用されることがおおいでしょう。こうした条件のなかで、検事には立証責任
が科されていくわけです。
民事では、強制捜査ができませんが、そのぶん、立証責任は双方に課され
るとみることができます。証言に対して、指摘されたことが事実に反するなら、
当然に反論できるはずのことを 反論しなければ、不利になることは まぬか
れないでしょう。
ながくなったので、ここで いったん、きります。
このあとの部分へのコメントは、ひをおいて かくつもりです。
ただ、162番の投稿に、この直後の部分への反論がありますので
参照していただければとおもいます。