つぶやき会議室

つぶやきなのに、会議室です。会議室ですが、つぶやきます。

1998/04/18(13:21) from 164.124.67.136
作成者 : きんちょ (AKIZUKI@chollian.net) アクセス回数 : 68 , 行数 : 39
「韓国語」などのことばについて  【転送】
[18]きんちょ (AKIZUKI@chollian.net) 1998/03/04 Wed 22:38:42 「韓国語」などのことばについて

 きょう、「学院」の下の薬局に行ったら、店の番をしているおじいさんと
おばあさんがいました。十二指腸潰瘍なんだと韓国語で言うと、少し発音が
変だったのか、わたしに、「どこから来ましたか」と聞くので、「日本の東
京から来ました」と答えました。そうすると、「そうですか。日本人ですか。
チョウセンゴを話しますか」と、おじいさんが日本語で言いました。

 私は、ひさしぶりに「朝鮮語」という日本語の単語を聞いたのですが、そ
れがまぎれもない韓国人から聞いたので、ふしぎな気持ちになりました。

 私は、日本語教師になって1年くらい過ぎるまで、「韓国語」という日本
語の単語は使わずに「朝鮮語」でとおしていました。しかし、いつのまにか
世間でも「韓国語」という人がふえて、また、この業界ではそれにもまして
そう言うのが当たり前で、しかも、実際に接触する学習者のほとんどは「カ
ンコクゴ」と、日本語で言うのが当たり前だと思っているのに、一人だけそ
れらを敵に回すことに意味はないと思い、以来、「カンコクゴ」というよう
になりました。今では私もそれがあたりまえになっていました。

 しかし、これはほとんど断言できるのですが、「カンコクゴ」などという
日本語は、1985年ごろまでは「なかった」と言っても過言ではなかった
と思います。

 この記事は、16番の記事の最後の部分のつづきのつもりで書いているの
ですが、これは、多くの外国人が日本語を話すことによって起こった言語接
触のわかりやすい例だと思います。こういうことを、「あくまで例外的なこ
と」と考えるのか、もっと肯定的にとらえ、第二、第三言語としての日本語
の話者が日本語世界も変えていくことまで、当然のことと考えながら、その
プロセスのなかにいる日本語教師がどう日本語を教えていくのかと考えるの
か、そういうことを、ずいぶん前から私は漠然と考えていました。

 どうも、考えが抽象的で抽象的なまま前に進まないのですが、似たような
ことを考えている方がいたら、お考えを聞かせてください。
 わたしは、上のような立場にいる日本語教師は、一方で、ネイティブの日
本語話者に向かってもなにか、発言する義務があると思うのです。1番の記
事にかいたことも、そういう気持ちから出たことなんですが、「国語」の世
界で完結しないことが、これからの「日本語」がグローバル化の波の中で豊
かになっていく条件ではないかと感じているのです。

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