つぶやき会議室つぶやきなのに、会議室です。会議室ですが、つぶやきます。 |
|---|
| 1998/05/16(11:05) from 164.124.67.136 | |
| 作成者 : きんちょ (AKIZUKI@chollian.net) | アクセス回数 : 99 , 行数 : 93 |
| 反日日本人宣言? |
|---|
|
昔、「反日武装戦線」というのがあって、連続企業爆破事件を おこした。この事件で、死刑が確定している被告人のひとりに、 高校の先輩がいたこともあって、わたしは、このグループについ て多少の関心をもって、調べてみたことがある。 事件当時、小学生だったわたしには、一番納得できなかったの は、日本人のグループが「反日」を名乗ることだった。そして、 その疑問をかかえたまま(子ども心に、まわりの大人たちにそん な質問をぶつけてはいけないと思っていた)、わたしは高校生に なり、すこし反体制運動のことが理解できるようになったのだが、 それでもこのネーミングには違和感が残った。 * * * * * * * * * * * * * * たぶん、そのころのわたしは、「政治」といえば、自分の属す る国の権力をめぐって争うことだという固定観念から抜け出せな いでいたのだと思う。日本人が「日本」という枠組みを否定して、 地方独立政府の樹立をめざしたり、アジア連邦のような構想を持 つ革命集団がアジア各地で同時革命をめざしたり、あるいは、す べての政府を拒否する無政府主義の立場に立ったりすることも、 政治思想の可能性の中に含まれるとは、思いもしなかった。だか ら、しばらくして、新左翼の思想の中には「革命的祖国敗北主義」 という言葉さえあることを知り、とても新鮮に覚えたことを記憶 している。 注:革命的祖国敗北主義とは、母国の帝国主義を打倒するため に、他の帝国主義国との戦争、ましてや、母国の行う侵略戦 争に対しては、母国の戦争遂行を極力妨害し、敗戦をも革命 政府樹立のための手段として期待すべきとする考え方。 このような主張が、現実味や説得力を欠いているとしても、政 治思想というものが、いま/ここにあるわくぐみだけを前提に組 み立てられるものではないのだから、何年か先には有効になる可 能性がある、と思う。たとえば、地方独立政府の樹立などという と、絵空事のように思えていたが、沖縄をめぐる事態の進展で、 一部で急にそういう構想が論じられるようになってきたことは周 知の事実である。 わたしは、できることなら(できないことは承知している)、 「日本」が一度、解散して、最初からやり直すのがいちばんいい と思っている。今のシステムで無理にいっしょにやっていこうと するから、どこにも動きがとれない状態に陥っているのではない か。もっと、身軽になって、「中央」は「辺境」をまきぞえにせ ず、「辺境」は「中央」に依存せずにやっていける方法を考える べきだ。それで、たとえば、安保が必要だと思うところは、自分 のところから基地を提供するようにしなければならない。経済優 先でいこうとするところは、自分のところで、産業廃棄物処理場 も原子力発電所もまかなうべきだ。そして、最初からやり直すさ いには、本当に、今の領土とメンバー構成で一つの国になるのが いいのか、そもそもそこから考え直したほうがいいのではないか。 * * * * * * * * * * * * * * 「反日武装戦線」の事件から25年ぐらいたって、最近では、 「自由主義史観」を名乗るグループの何人かが、今の日本の戦後 処理のやり方を改めようと努力しているひとを名指しして「反日 活動家」と呼んだりしている。これは、「非国民」というのと、 あまり変わらないとわたしは思うのだけれども、おもしろいこと に、このグループがとりわけ憎悪しているのは、この人たちの言 う「反日日本人」らしいことだ。日本人だとわかっていて、「反 日」と言う、その言葉づかいのなかに、自分たちだけが「日本」 を代表するという決めつけがある。かれらの言う「反日日本人」 が「日本」の主流になってもちっともおかしくないと、わたしは 思うのだけれども。たとえば、天皇がいなくなっても、日本は 「日本」にちがいないだろう。 と、この新しい「非国民」呼ばわりに反発を覚える部分もある のだけれども、なんだか最近は、わたしは自分自身、もう、「反 日」でいいのではないかと思ったりすることがあるのだ。 反日武装戦線の諸君は、当時アジア各国で日本の経済進出に対 する反日デモがわき起こる中で、かつての侵略戦争への猛烈な贖 罪意識を内面化し、自らを「反日」に改造しなければならないと いうところまで自分を追いつめた結果、時限爆弾闘争にまでたど りついた。かれらが、自分たちが権力を握ることができると考え ていたわけでないことは確かだと思う。企業の活動を止めるため に、戦車の前に身を投じるようなつもりでいたことが、手記を読 むとわかる。そして、それが「予期しない」殺人を招いたことで、 動揺する。 この、あまりに稚拙な行動を支持できる人はいないだろう。た だ、わたしは、このグループが「反日」を自称した理由が、この グループのメンバーが徹底して、自分たちが日本人であることを 意識していたからであるという逆説をみるのである。そこまで、 日本が、いま/ここにある「日本」でしかありえないという固定 観念にしばられていたのだ。 そんな悲劇を生み出さないように、あえて、「反日日本人」を 名乗って日本でのうのうとくらすのも悪くはないアイディアかも しれない。「反日党」をつくって、日本の解散を綱領にかかげる ような人たちが続出すれば、日本も少しは風通しのいい国になる のではないか……と、最後はどうも愛国者ぶって文章を終えたが るところなんか、わたしは「反日」にはなりきれてないところな んだろうか。 |
Copyright (c) 1998-2000 Nobreak Technologies, Inc.
If you have any suggestion, please mail to japan@nobreak.com