つぶやき会議室

つぶやきなのに、会議室です。会議室ですが、つぶやきます。

1998/06/12(11:16) from 164.124.67.154
作成者 : きんちょ (AKIZUKI@chollian.net) アクセス回数 : 84 , 行数 : 143
労働力動員と慰安婦徴集での強制連行
 わたしが「【慰安婦問題】強制連行について」と題してこ
こに投稿した文章について、おなじ この場で反論があり、
そのなかに、つぎのような指摘がありました。

    まず問題点として最初に目に付いたのは、慰安婦の
    連行と兵士の徴用とを完全に同一視されているとこ
    ろです。現時点においてこの両者は全くの「別物」
    です。

わたしがのべた「慰安婦」以外の朝鮮人強制連行というのは、
労働力動員のために おこなわれたものをさしているのであ
って、1944年4月から適用された徴兵のことではありま
せん。もちろん、徴兵も「国民の義務」という なのもとに
強制的に おとこたちを戦場にかりだしたものですから、強
制的な連行といえなくはないでしょう。しかし、この最末期
におこなわれた徴兵のことを「強制連行」と表現する例を、
わたしは みたことがありません。

 しかし、「兵士の徴用」という面に関していえば、この、
44年からの徴兵令による「徴兵」に さきだって、軍属や
志願兵の動員がされており、これらについては「志願」によ
るとされていながら、実質的な強制や、総督府からの圧力が
あったと かんがえられています。これをふくめて「朝鮮人
の強制連行」とする見解は、あるとおもいます。

 わたしがここでいいたいのは、「志願制」や「募集」方式
が国民徴用令や徴兵令の直接の適用に比べて ひどかったと
か、ましだったとかいうことではありません。「強制連行」
という ことばが、いままで どのように つかわれてきた
かを確認したいのです。
 いまの例をみても、「強制連行」ということばは、明示さ
れた法令の適用によって、朝鮮人を軍需産業や戦場に動員し
たことよりも、かたちのうえでは、「募集」や「志願」であ
ったものが実は強制であったというようなことを さして、
従来からつかわれていたと おもうのです。そして、それが
徴用や徴兵へとつながっていくのですが、これは当初は民族
的抵抗をおそれて公権力の執行を前面にださないように工夫
していたものが、戦況の悪化にともなって、むきだしの強制
へとかわっていったものだと、かんがえることができるだろ
うと おもいます。

 わたしが ここで指摘したかったことは、もともと日本の
教科書でも韓国の教科書でもかかれていた、「朝鮮人の強制
連行」というのは、法律や公の命令に直接の根拠をおかない
けれども総督府などの日本の公権力がふかく関与した強制的
な徴集のことなのではないかということです。

    「従軍慰安婦」ということばは当時つかわれていた
    ことばでないから、教科者から削除しろ

といくつかの地方議会で主張しているひとがいますが、それ
を いうなら、「強制連行」も無論、当時つかわれていたこ
とばではありません。では、なぜ、この用語が戦後定着した
かというと、むきだしの徴兵や徴用以外にも、いろいろな強
制がおこなわれていて、しかもそれが、総督府によって計画
されたことだったということが はっきりしたからでしょう。

 わたしの もとの文章は、日本の くにとしての責任のあ
るなしのまえに、この部分では、「慰安婦」たちの徴集の実
態を、「強制連行」とよぶのが 適当かどうかを論じたので
した。ですから、まず、慰安婦問題以外での「強制連行」の
意味を確認して、そこでの意味と、慰安婦問題の議論のなか
での意味が、おなじか ちがうかを たしかめようとしたの
です。

(よく よんでいただければ わかるとおもうのですが、そ
 れ以外の面までも、男性の徴用と慰安婦の徴用がおなじで
 あると いっているのではありません。ましてや、両者が
 おなじであるということを、日本の くにとしての 責任
 論の前提になんか、していません。説明をするときに、こ
 れから いおうとする結論をわかりやすく提示してから、
 その根拠をのべるのは、ふつうのことです。)

 そして、両者は、法律や公権力の執行によって徴用された
ものではないけれども、国家がしくんだ かりあつめであっ
たという意味で、「おなじようなもの」だと主張したのです。
そして、軍隊や警察が直接むらにはいっていって、銃をつき
つけてつれていったというわけではなくても強制連行なのだ、
という意味でも、「おなじようなもの」だといえると おも
います。

 ところで、わたしへの反論の次の部分は、両者のちがいを
指摘しているようです。

    慰安婦を巡る議論の中で何度も指摘されているよう
    に、日本軍による主導のもとで女性を強制的に狩り
    集めて慰安婦にさせ、拘束したという事実は現在に
    至るまで何1つ証明されておらず、まして男性の徴
    用のように義務として制度化したという確証は全く
    ありません(これは韓国の中でいち早く認識しても
    らわねばならないものと言えるでしょう)。現時点
    で両者はハッキリと区別せねばなりません。

「連行」の場面で、「日本軍による主導のもとで強制的に狩
り集めて、拘束した」のではないだろうということは、男性
の徴用についても同様です。
 (ただし、ここでいう「日本軍の主導」の意味解釈につい
  ては、留保します。「連行現場の指揮をとる」という意
  味なら、異議はありませんが。)
ですから、「広義の強制連行」を「強制連行」とよぶことに
ついての反論にはならないでしょう。男性の場合にも、そう
よばれてきたのですから。で、後半の部分ですが、男性の徴
用がのちに「義務として制度化」(正確には、適用されない
でいた法規の全面適用)されたのに対して、「慰安婦」の徴
集が最後まで、秘密裏にすすめられたというのは、そのとお
りで、これは、はっきりしたちがいです。ですから、なおさ
ら、「慰安婦」の徴集は、「徴用」ではなくて「強制連行」
と よぶべきだということに なるのですが。
 そして、そのようなことは、韓国でも ひろく認識されて
います。「慰安婦徴用令」などという法律があったなどと議
論するひとは まず、いません。

 
 結局、問題は「広義の強制連行」を「強制連行」とよぶの
が適当かどうかではなくて、これが、わたしがさっき、上で
無前提にのべたように「国家がしくんだ かりあつめ」で、
本人の意思に反していたのかどうかということに うつって
しまいます。この点については別の論証が必要ですが、その
論証しようとしていることを「強制連行」とよぶことは、用
語にてらしてかんがえても ごく自然なことであるというこ
とを確認していただきたいとおもいます。

 こんなことをなぜ、延々とかくのかと おもうひとも い
ることでしょう。でも、慰安婦問題の記述を教科書から削除
しろと主張するひとたちの なかには、教科書の記述が「慰
安婦は強制連行(狭義の)された」という誤解をあたえると
いうことを主張し、「実際の教科書の記述に“強制連行”と
はかいていないじゃないか」との指摘をうけると「朝鮮人男
性の強制連行の記述のあるところに つづけてかかれている」
などと いうひとがいたからです。だから、「慰安婦」以外
の「強制連行」の意味について、いちど確認することが、こ
の主張の当否に関係するとおもうのです。
 実際は、慰安婦が朝鮮半島から徴集されたことを、朝鮮人
男性の動員と関連づけてかくことは、徴集のされかたに着目
してかんがえても、きわめて適当だとおもいます。すくなく
とも、そのような教科書の記述が、吉田証言のような連行の
されかたが一般的だったと印象づける結果にはならないとい
うことは、はっきりさせておかなければなりません。

 さて。次の投稿では、その、「慰安婦」の徴集が「国家が
しくんだ かりあつめ」で、本人の意思に反していたと い
えるかどうかという 問題について かんがえみるつもりで
す。

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