つぶやき会議室

つぶやきなのに、会議室です。会議室ですが、つぶやきます。

1998/06/18(06:17) from 210.159.84.153
作成者 : 呉 光朝 アクセス回数 : 94 , 行数 : 35
Re: Re^2: 労働力動員と慰安婦徴集での強制連行
きんちょ wrote:
>ここで最後にかかれている女
> 性たちの「犠牲」とは、慰安婦にさせられたことだろうと想
> 像できますが、「挺身隊」に関しても「名目」とかかれてい
> て、「女子挺身勤労令」が適用された女子勤労挺身隊員と、
> 「慰安婦」としての犠牲とは きりはなしていることがわか
> ります。そこには、「挺身隊」と「慰安婦」の混同(「挺身
> 隊」の名目がなくても「慰安婦」にさせられた ひとが多数
> であることを無視している)がありますが、「挺身隊」とい
> うのが名目でしかなかったことも明記されており、徴兵令や
> 徴用令の適用のように、「慰安婦」を合法的かつ強制的に徴
> 発する法令があったという意味にはとれないのです。

きんちょ様とスグル様の真摯な議論を興味深く拝見しております。
このようなインターネットでは「噛み合った」議論が少ない中で
貴重なものと考えます。 今後とも期待しております。

李正馥氏の「椎名さん捜し」の協力者として名古屋での台湾人
少年工員のことを調べている方からの情報によりますと、零戦
などを作っていた三菱航空機では朝鮮人女学生が工場で少年工員
として働いていたそうです。 挺身隊として(慰安婦ではなく)
工場で働いたようです。 現在の三菱には当時、仕事中に亡く
なった台湾少年、朝鮮人女学生の慰霊碑があるそうです。

私の母親も同じような年齢ですが、名古屋で女学校に在籍しながら
毎日、学校に行かずに愛知時計(飛行機工場)に出勤し、飛行機の
部品を作っていたと言ってました。 戦争末期には慰安婦よりも
飛行機の増産のための労働力が欲しかったのでしょう。

日本でも韓国でも挺身隊と慰安婦の混同をしないように願うと
ともに、私の母親や李正馥さんを含め、「自分の意志に反して」
あるいは、そうするしか無いような環境に追いやられ、「自分の
意志であるような形式を整えられ」、しかも一旦入ってしまうと
二度と抜けられない状況であったのは間違いなかったようです。

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