つぶやき会議室

つぶやきなのに、会議室です。会議室ですが、つぶやきます。

1998/06/18(09:14) from 164.124.67.132
作成者 : きんちょ (AKIZUKI@chollian.net) アクセス回数 : 88 , 行数 : 58
Re^3: 労働力動員と慰安婦徴集での強制連行
 呉 光朝さん、書き込みありがとうございます。

 「女子勤労挺身隊」と「慰安婦」の関係については、最近の論説を
みても、ひとによって 解釈がちがっているようです。

 わたしは、関釜裁判の原告たちの はなしをきくなかで、そのあつ
められかたは かなりちがっていたのではないかという 印象をもっ
ています。

 簡単にいうと、

1.女子勤労挺身隊は、16歳以下と、年齢が若い
2.女子勤労挺身隊は、小学校を卒業する女子や卒業したばかりの女
 子が、学校の先生を通じてあつめられた。暴力を背景にした連行は
 ほとんどみられないが、学校の先生の説明は結果的に「だまし」と
 いえる内容になった。
3.女子勤労挺身隊は、成績のよい、皇民化教育の優等生が対象にな
 った。だから本人は名誉と感じ、両親は反対するが、それをふりき
 って応募した例がおおい。なかには、うちから印鑑をもちだして 
 てつづきした例もある
4.女子勤労挺身隊は、都市部の女子が中心で、家庭も比較的裕福だ
 った

などが、「慰安婦」のときとちがう特徴です。

 ですから、徴集するほうも、はじめから対象を区別して徴集してい
たのではないかというのが、わたしの感想です。もし、連行の形態だ
けで区分するのなら、「慰安婦」と男性の徴発のちがいより、これら
と勤労挺身隊のちがいのほうが おおきいのではないでしょうか。

 その後の、連行されたあとの 強制については、性的搾取以外はな
んでもある状況で、日本人の勤労挺身隊とは食事の量まで差別されて
いたといいます。そして、関釜裁判でうったえているかたたちは、ど
のかたも 肉体的・精神的な後遺症になやまされています。また、解
放後は、「勤労挺身隊にいった」といえば、「慰安婦」だと誤解され
るので、結局、わずかなひとをのぞいて、自分の境遇をうちあけられ
る相手がいなかったと いうことです。(わたしが、両者の混同が戦
後すぐからだとかいたのは、このことがあったからです。)

 わたしは、両者の混同も おおきな問題だとおもいますが、より根
本的には、挺対協などの「挺身隊」の支援団体も、「慰安婦」にくら
べて 勤労挺身隊の被害者に対する関心が 二の次になっていること
に不満があります。 「暴力的な強制連行をうけ、戦地にかりだされ
た処女」というような、世間うけしやすい はなしに ひきつけて、
事例を語ろうとしたり、それにちかい例を おおくとりあげようとす
る傾向は、わたしからみても 支援団体のなかにあるとおもうのです。

 ただ、一方で、このひとたちは、現実にそうでない証言をしている
被害者たちをささえているのだという 事実にも ふれなければフェ
アでないでしょう。いうまでもなく、「暴力をともなわない連行」「
内地の慰安所」「性交の経験があった」「勤労挺身隊だった」など、
世間の同情をひきにくいことを証言しているひとたちをふくめ、おな
じ日本の、戦争政策と植民地政策の被害者だという視点があるからこ
そ、ひとしく「強制であった」といっているのです。そこでの「強制」
の判断基準が、連行された現場での強制であることは、ここまでいえ
ばあきらかでしょう。 


Copyright (c) 1998-2000 Nobreak Technologies, Inc.
If you have any suggestion, please mail to japan@nobreak.com