つぶやき会議室つぶやきなのに、会議室です。会議室ですが、つぶやきます。 |
|---|
| 1998/07/26(01:15) from 164.124.67.160 | |
| 作成者 : きんちょ (AKIZUKI@chollian.net) | アクセス回数 : 34 , 行数 : 121 |
| Re:かながきの「強制」について/そのほか |
|---|
|
菅野彰彦さん。ご意見、参考になります。 こういうふうに論点をだしていただけると、議論するのに たすかります。 > ところで、自分がかな書きするのは誰に制限されるものでもないと思います > ので、議論するまでもなく好きにすればいいのですが、議論になってしまうと > いうことは、他人に対して用字を強制するということですよね。 ちょっと飛躍があるように感じるのですが、強制するまえに、議論すること 自体にも価値があるし、そのなかから自主的に実践する ひとが ふえたり あたらしい かんがえかたや提案が でてきたりすれば いいとおもいます。 いまの段階でわたしに 他人に用字を「強制」することなんか かりに し たいとしても できる はずもないし、するつもりも ありません。かんが えに納得して同調するひとがいれば、いっしょに実践してみるし、反対のひ とがいれば、議論する……ということです。 いまの 国語政策は国が方針をだして、民間をしたがわせるような面がつよ いのかもしれませんが、そういうやりかたが「からまわりするしかなかった」 のではないかということは、「壁」に かきました。わたしは、そういう やりかたではなくて、民衆の運動として かながきをもとめる世論がおおき くなることを ねがっているのであり、とおいさきに、その運動がみのった ら、国や公共団体の文書表記、そして、学校教育へと影響をおよぼしていく べきだと かんがえています。 そこまでになるためには、広大な ひとびとの支持が必要なことはいうまで もありませんから、いまの段階では ゆめのような はなしですよね。とこ ろが、いまの段階では 現実性がない(と 本人までもが おもっている) ことに対して、すぐさま「他人に対して用字を強制するということですよね。」 と いってくるのは、わたしからみると過剰反応のような気もするんですが、 こういう議論をしていると、よくある反応でもあります。 漢字をつかうよりも かながきのほうが よみてに強制している前提知識は あきらかに すくないのに、かながき論者に対してのみ すぐさま「強制」 されるのではないか というように反応するのは、なぜなのか、逆に わた しのほうが興味があるところです。 > 難読文字を書く人は、難読文字を読めない人には読ませたくないのではない > でしょうか。つまり、読ませたくない人に読ませないという自由ぐらいあって > もいいと思いますけれどね。 「読ませたくない」のでは、しかたありませんね。 そうなのであれば、たしかに、それは かくひとの自由でしょう。 > ところで、公文書などを平易にするということなら分かりますが、それ以上 > のことはして欲しくないんですよね。 わたしは、いま以上に世間で流通する漢字をふやしてほしくないので、 マニアックなひとたちが たのしむのは すきかってにやってもらって かまいませんけど、みんながよめるように かく文章には、すこしでも 漢字がへる方向で かわっていってほしいのです。 「ほしい」という次元では、どちらも平等にあつかわれていい主張です よね。あとは、「なにが平易か」という問題に うつっていくと おも います。 > ははは ははは、ははの ははは はははははと わらう。 > この程度です。 わたしは、これで ちゃんと理解できますよ。これに、「」を つけると、もっと わかりやすくなるでしょう。 > 「1998.7.4 漢字制限について」は、嫌がらせでやっていたこととは思 > いますが、読み難い文章だと思います。だからこそ、現在は、訓読みをかな表 > 記しているわけですよね。 「嫌がらせ」とは、ききずてならない いいかたですね。 もし、この内容を漢字かなまじりで かいたら、「理論と実践 がちがう」と批判するひとが かならず でてくるから、やれ ばできることを しめしたのです。 「読み難い」のは、なれの問題もあるだろうけど、これは主観 だから、議論しても しかたないことです。ただ、よんでわか らないということは、ないはずです。 > 下肢に障害がある人が車椅子で生活しているからと > いって、日本国民すべてが車椅子で生活しろとか、そんなことは普通は言わな > いですよね。 そうですね。わたしも、べつに、日本国民すべてが点字をつか えなどとは いっていません。 ただ、どうでしょう。やってみたら、かなだけでも そんなに 不便じゃないということなら、それで、モジが よりおおくの ひとに開放されるんですから、わるい選択だとはおもいません よ。わたしは、教育もうけたし、それほど漢字に不自由してい ないほうだとおもうけれども、それでも ときどき漢字がわず らわしくて 漢字でかけることばでも かながきすることが おおいです。みんなが それを実践したら、もうすこし日本語 もラクになると おもうんだけどなあ。 > かな表記によって、造語に対しても乱造されないような制限になると書かれ > ていますが、そんなに乱造されていますかね。 これは、「かなでは同音異義語が区別できない」という意見を 意識してかいたものです。実は、同音異義語を つくりだして いる原因が漢字の使用にあるのではないかというつもりで か きました。 そもそも同音異義語は文脈で区別できれば かなでかいても わかるわけだし、文脈で区別できないようなばあいは、かきこ とばでは漢字でかきわけられても、はなしことばでは いいか えなければならないのだから、はなすときのように かくこと を習慣づければ かながきでも問題は解決するはずだというこ とです。そして、みんなが「はなすときのように かくことを 習慣づける」ことは、日本語を わかりやすくするという意味 で いいことだと おもっています。 > ルビを添えることではなぜ駄目なんですか? だめだとは おもいません。そえるのだったら、総ルビにする べきでしょう。 |
Copyright (c) 1998-2000 Nobreak Technologies, Inc.
If you have any suggestion, please mail to japan@nobreak.com